研究概要 |
申請者らにより、EPAやDHAなどの長鎖多価不飽和脂肪酸を膜リン脂質成分としてもつ細菌細胞膜が、過酸化水素などの膜拡散性物質に対して、その透過を妨げる効果(膜遮蔽効果)を持つことは既に明らかにされており、その効果はプロトノフォアなどの疎水性物質に対しては逆の効果、即ち膜は疎水物資を可溶化(許溶化)する。これは膜リン脂質を構成するEPAの膜脂質全体(バルク脂質)に及ぼす効果、構造的(物理的)効果、とみなすことができるが、一方でEPAの個別の膜タンパク質に効果も明らかになりつつある。 本研究では、EPAの存在が、細胞膜の異物排出系の機能に直接かかわっているか否かを、大腸菌の主要な外膜ポアタンパク質であるOmpCとOmpF及び、異物排出系タンパク質複合体(TolC-AcrAB)の機能に焦点を当てて検討している。 大腸菌K-12株(親株)と、Yale大学から分譲されたompC, ompF, tolC, acrA, acrBなどの欠損株にEPA合成酵素遺伝子(pfa遺伝子)を導入したEPA合成変異株(EPA+株という)と、同じ株にpfa遺伝子の一部を欠くコンストラクトを導入したEPA非合成株(EPA-株という)を作成し、増殖阻害物質として膜拡散性の過酸化水素、tert-butylhydropxideに加えて、アンピシリン、カナマイシン、ストレプトマイシン、ナリジリク酸などの抗生物質に対する最小阻害濃度を、マイクロタイタープレートを用いて測定したところ、親株、ompC, ompF導入株はEPA+株がEPA-に比べて高い最小阻害濃度を示した。 一方、AcrA-AcrB-TolC複合体タンパク質のどれか1つの遺伝子を欠く大腸菌変異体を用い、抗生物質耐性に対するEPAの効果を検証すると、いずれの変異株においてもEPAの効果は認められなかった。 加えて、様々な遺伝子に対して転写因子として作用するMarAタンパク質を欠損するEPA+株の転写阻害剤であるナリジリク酸に対する最小阻害濃度はEPA-株よりも高く、その濃度は形質転換体のEPA含量が増大するほど高いことが分かった。以上の結果は、上記の物質の外膜透過の際、EPAはOmpC, OmpFタンパク質の機能に関与していないこと、AcrA-AcrB-TolC排出系と遺伝子の発現に.EPAが関与していることが考えられる。 DH5αEPA+とDH5αEPA-のタンパク質を電気泳動により解析し、EPAの存在が特定のタンパク質量(蓄積量)に影響を与えるかどうか検討したが、2次元電気泳動によって、タンパク質泳動プロファイルに違いがあることが確認された。 特にDH5αEPA+とDH5αEPA-間で発現が異なったのは、等電点約7.5、分子量約40000の疎水性タンパク質であった。 このタンパク質は、等電点と分子量からAcrAであると推定している。 AcrAはAcrBとTolCを繋ぐ役割を果たすと考えられていたが、近年では細胞内膜と細胞外膜を引き付け、複合体形成の補強をしていると考えられる。 そのため、DH5αEPA+がDH5αEPA-よりも高い抗生物質耐性を示したのは、AcrAタンパク質が、EPAが存在することで強く発現し、細胞内膜と細胞外膜を引き付け、排出タンパク質であるAcrBとTolCの複合体形成をより強く補強し、活性を増大させた結果である可能性が示唆される。
|