研究課題
本年度は海馬神経スパインに対するbisphenol A(BPA)の作用とその機序を確定すべく実験と解析を進めた。成獣オスラットから取り出した海馬スライスに、環境濃度と同程度である10nM程度のBPAを投与すると、海馬CAI錐体神経細胞の樹状突起上の神経スパインに対して急性的(2時間以内)に密度を増加させるという結果が得られた。特にスパイン頭部のサイズが全体の中程度のmiddle-headスパインの密度が有意に増加した。海馬でのBPAの神経スパイン増加作用がどのような受容体を介しているのかに関しては、女性ホルモン受容体(ERa)を介するのではないかと推測されていたが、ERaはBPAと結合能が非常に低いという矛盾があり、世界的に有名な難題であった。BPAのスパイン増加作用には、ERaの阻害剤ICIを加えても抑制がみられなかった。そこで我々は、BPAに高結合能を持つERRgammaに着目した。ERRgammaの阻害剤tamoxifenでBPAのスパイン増加作用が抑制されたことからERRgが受容体であることがわかった。ERRgammaの下流ではMAPキナーゼ活性化され、これによってBPAの神経スパイン増加が引き起こされていることが、MAPキナーゼ阻害剤を加えることで証明できた。海馬では神経の細胞体のみならずシナプス部位にも存在していることを、免疫抗体電子顕微鏡法とウエスタンブロットにより明らかにした。このシナプスにあるERRgammaがBPAの早い効果に関与していると考えられる。これまで培養細胞系を使った研究では、ERRgammaはBPAが結合してもしなくても、恒常的に活性化されているという結果であったので、世界的にはBPAは機能性受容体とはみなされていなかった。従って我々のシナプス効果において、初めてERRgammaがBPAの受容体として働いていることが見つかったことは大きな意義がある。我々はまた、質量分析LC/MS/MSを用いて、成獣オスラットの海馬に約64nMのBPAが蓄積していることを見出した。これには、海馬組織からのBPAを有機溶媒抽出→HPLCで粗精製→BPAのピコリノイル誘導体化という厳密な手順を確立することで、成功した。通常の環境から摂取されるナノモルの低濃度のBPAは、生殖器官では影響が目立たないが、記憶中枢の海馬の脳神経へ影響を及ぼすことをはっきり示したという意義がある。
2: おおむね順調に進展している
BPAの神経スパインに対する作用点がERRgammaであることを確定させるなど、現時点で当初の目的をおおむね達成している。
当初計画通りBPAの神経作用における性差、および周産期の母親への暴露が仔ラットに長期的に及ぼす影響を神経スパインへの作用の面から検討し、本年度で研究を完成させることを目指す。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 8件)
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