Wnt分泌型シグナル分子ファミリーは増殖、分化、極性、移動等多様な細胞応答を制御し、個体発生や組織再生、恒常性維持等多岐に渡る生命現象を調節する。このため、Wntシグナル伝達機構の解明は形態形成や創傷治癒過程の理解を促し、疾患病態の理解や治療、再生医療技術開発に繋がると期待される。Wntシグナルは受容体型チロシンキナーゼRorを含む多くのシグナル伝達因子と共役するとともに、様々なシグナル伝達系と協調することが知られている。昨年度、ゼブラフィッシュ心臓再生過程におけるWnt/Rorシグナル研究を端緒として、新たにケモカインCXCL12bとその受容体CXCR4aが心臓再生過程に必須の役割を担う可能性を見出した。本年度は心臓再生過程におけるケモカインシグナルの分子機構について解析すると共に、Wnt/Rorとの協調の可能性について検討した。ゼブラフィッシュ心室遠位部を外科的に切除した後、CXCR4シグナル阻害剤FC131を含む水槽中で飼育すると心臓の再生が顕著に抑制され、同様の現象はCXCR4b変異体でも認められた。一方、切除後の心臓における増殖性心筋細胞数を計測したところ、野生型とCXCR4阻害個体で明瞭な違いが認められず、心筋細胞増殖以外の再生過程をケモカインが制御することが示唆された。そこで、変色性蛍光分子Kaedeを心筋細胞特異的に発現させ、蛍光色の違いを指標として心臓損傷時の心筋細胞の移動について検討したところ、CXCR4阻害個体では損傷領域への心筋細胞移動が顕著に抑制されており、ケモカインシグナルが心筋再生時の細胞移動に必須の役割を担う事が示された。一方、Wntシグナルの抑制では心筋細胞の増殖自体が阻害され、ケモカインシグナルの抑制とは完全には合致しなかったが、両者が協調的に心臓再生過程を制御する可能性は残されており、今後の解析が待たれる。
|