昆虫の外骨格は外界との仕切りだけでなく、外界からの侵入や、体内からの水の蒸散を防ぐ昆虫のからだを護る最前線である。外骨格表面を覆っているワックス層の主成分は炭化水素である。炭化水素はクチクラにあるエノサイトで合成される。炭化水素は極めて疎水性が高く、一度体液中のリポホリンに積み込まれない限り、体表のワックス層に運ばれない。ここまでは、放射能ラベルの炭化水素のトレーサー実験で30年以上前に証明されていた。けれども、リポホリンがクチクラのどこを通るのか、どこで炭化水素をおろすのかなどについては解明されていなかった。リポホリンは昆虫体液中にあって脂質輸送に携わるリポタンパク質である。その構造は疎水性の脂質を親水性のリン脂質とタンパク質からなる表層で覆った脂質とタンパク質の複合体である。 本研究ではまず、家蚕幼虫の体表炭化水素量が、成長とともに増加することを確認した。これは、幼虫の各ステージでリポホリンが炭化水素を体表に輸送していることを示している。次にリポホリンのアポタンパク質(アポリポホリンIとII)がクチクラ中に存在することを、その抗体をもちいて確認した。そこで、リポホリンが脂質―タンパク質複合体をいまだ形成しているのか、それともその構造は壊れて、バラバラのアポタンパク質として存在するのかを確かめるために、クチクラからリポホリンを精製することを試みた。KBr密度勾配遠心法を採用したところ、精製することに成功した。リポホリンは脂質―タンパク質複合体としてクチクラ内に存在していることを示す初めてのデータである。 リポホリンの抗体をもちいた免疫組織電子顕微鏡像は、リポホリンがクチクラ中にランダムに存在していることを示していた。リポホリンがクチクラのたとえば蝋管などの特定の構造に存在することは認められなかた。 リポホリンはどのように体液中からクチクラに移行するのだろうか、興味は尽きない。
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