本研究の目的は、低酸素シグナルを認識するヒスチジンキナーゼを利用して分生子形成能の高い麹菌Aspergillus oryzae株を構築することである。培養時における酸素レベルは分生子形成能に大きく影響するため、酸素レベルに左右されずに安定して分生子を形成する菌株の作成を試みた。近縁種であるAspergillus nidulansのヒスチジンキナーゼHysAは、低酸素条件下A.nidulansに存在するヒスチジンキナーゼの中で最も発現量が多く、破壊株やリン酸化能を失うよう変異を導入した株は、低酸素条件下でも野生株より優位に分生子を形成する。一方、HysAを過剰発現させると逆に分生子形成能が低下する。麹菌のヒスチジンキナーゼでは、低酸素条件下においてAoHK8-eの発現量が多いためHysAのオルソログであると推定された。しかしながら、AoHK8-eの過剰発現株では、HysAとは異なり、低酸素条件下で分生子形成レベルが高く維持されていた。HysAの低酸素応答にはHysAのリン酸化能を制御する機能ドメインとしてGAFドメインが重要であると考えられるが、GAFドメインを介して類似の機能を持つと推定されるヒスチジンキナーゼがそれぞれのAspergillus属には複数存在する。AoHK8-eの場合は、HysA同様GAFドメインを介して低酸素に応答するがHysAとは正反対に機能するヒスチジンキナーゼと考えられる。麹菌に存在する他のGAFドメインをもつヒスチジンキナーゼも低酸素応答をすると考えられるため、分生子形成への影響を観察することが必要である。さらに、HysAの新たな機能として活性酸素種の発生抑制への関与が明らかになった。活性酸素種は正常な生育に不可欠だが、必要以上に発生すると細胞にダメージを与える。すなわち、HysA破壊株では活性酸素種の発生レベルが分生子形成に影響したと考えられた。
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