本研究は腫瘍抑制因子WWOXを遺伝的に欠損するlde/ldeラットを用いて、WWOXの生理機能を明らかにすることを目的としている。 lde/ldeラットは、生後の重篤な矮小、聴原性てんかん発作、歩行異常、海馬CA1領域における空胞、精巣の発達異常を呈する自然発症の突然変異体である。これらの多面的異常は、染色体脆弱部位に位置し、腫瘍抑制因子と考えられているWWOXの機能喪失型変異に起因する。WWOXは神経系と内分泌系に広範に発現するが、その生理機能はよく分かっていない。そこで、本研究では、 lde/ldeラットの脳の病理発生、内分泌ホルモン動態、腫瘍発生の有無を22から24年度の3年間に渡って調査する。 22から23年度において、特に脳の病理発生の解析から、WWOXが脳の神経細胞で発現しており、WWOXを欠損するlde/ldeラットでは神経細胞数が減少していることが判明した。このことから、WWOXは正常な神経細胞数の維持に必要であり、lde/ldeラットにおけるてんかんや神経内分泌学的異常の発生に神経細胞数の減少が寄与している可能性が考えられた。 本年度は神経細胞数の減少の原因を明らかにするため、細胞死と細胞増殖活性の調査を行った。lde/ldeラットで空胞変性の見られる海馬を含む脳の各領域においてアポトーシスの亢進は見られなかった。さらに、生後初期のBrdU取込実験により、神経細胞の分化と増殖が起こるとされる海馬歯状回の顆粒層細胞層(SGZ)と側脳室周囲の側脳室下帯(SVZ)の増殖活性を比較したところ、SGZでは明かな差異が見られなかったのに対し、SVZではlde/ldeでBrdU陽性細胞数の顕著な減少が確認された。このことは、lde/ldeラットの脳で観察される神経細胞数の減少が神経幹細胞からの分化・増殖の異常に起因している可能性を強く示唆している。
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