研究概要 |
22年度の研究で,アントラキノン誘導体とキサントン誘導体とがビアリール型に結合した軸不斉天然物euxanmodin Bの不斉全合成を達成したことをうけ,新たな標的化合物としてdermocanar類を設定し,合成研究を開始した。Dermocanar類は南半球に生息する毒キノコから単離される成分で,高度に酸素官能基されたアントラセンとナフタレンの誘導体とが互いのsp^2炭素原子間で結合した構造をもち,軸不斉がある。また,二つの多環骨格を9員環ラクトン構造が架橋しており,その架橋鎖上には不斉炭素原子がある。軸不斉に由来する立体化学と,不斉炭素原子に由来する立体化学という二つの要素について,その相対立体配置および絶対立体配置を制御することが要求され,合成化学的に挑戦的な課題である。 この課題に対して申請者は,予め立体配置を制御して合成しておいた光学活性軸不斉ビフェニルに,環構造を付け加えていくというアプローチで臨むことを計画し,以下の成果を得た。 まず,適切に官能基化された軸不斉ビフェニル化合物のラセミ体を用いたモデル実験により,dermocanarin類の骨格構造を形成するための合成経路を探索した。その結果,ビフェニルの一方のベンゼン環を,対応するベンゾキノンへの変換とそのDiels-Alder反応を経て,所望のナフタレン構造へと構築する方法,また,連続する電子環状反応を利用して,ビフェニルのもう一方のベンゼン環から所望のアントラキノン構造を構築する方法,さらには,それら二つの多環骨格を架橋する9員環ラクトン構造を構築する方法を開発し,dermocanarin IIの9-0-メチルエーテル体をラセミ体ながら合成することに成功した。また,鍵中間体となる官能基化された軸不斉ビフェニル化合物を光学活性体として合成する方法についても検討し,申請者らが開発している,加水分解酵素を用いた不斉非対称化反応を応用すると,高収率かつ高エナンチオ選択的な合成が可能であることを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初計画していた天然物の全合成研究は順調に進んでおり,既に完了した全合成についても,完了しつつあるものについても,合成化学的に水準の高いものであるといえる。また,その過程で,将来的に発展の望まれる,種々の新たな合成化学的知見が得られている。一方,ビアリール型化合物特有の高次の立体的因子(対称性および疑似対称性,軸不斉とその動的挙動,分子サイズ等)が生理活性にもたらす影響を明らかにするという最終目標に向けて,十分な合成化学的基盤が築かれたとは言い難い。
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今後の研究の推進方策 |
まずは,dermocanarin IIの不斉全合成を達成させる。さらに幾つかの標的化合物を設定し,その合成研究を通じ,縮合多環構造からなるビアリール型天然物の合成に広く適応可能な,強固な合成化学的基盤を築くことを目指す。同時に,天然物および合成化学的にしか得られない天然物の鏡像異性体,各化合物の合成中間体について,生化学的側面からの調査も行い,その結果と,化学的性質,特に,立体化学との関連を詳細に調べる。
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