ピラゾール及び水酸化物イオンを架橋配位子とする新規制がん性白金二核錯体AMPZの作用機序を解明することを目指した。当初、従来の制がん性白金錯体とは全く異なる構造、電荷および反応性を持つAMPZの標的がタンパク質である可能性も想定していた。そこで、まず、マレイミド型架橋試薬を用いてAMPZをメルカプトアルブミンに結合させたものを免疫原としてAMPZ に対する抗体を作製し、この抗体を用いてAMPZ の細胞内分布の検討を計画した。しかしながら、目的にかなうような抗体は得られなかった。そのため、細胞内白金量変化を指標として、AMPZ の細胞内での挙動を追跡した。その結果、細胞内のタンパク質に結合した白金は速やかに細胞から消失するのに対して、核DNAに結合した白金の細胞からの消失は遅かった。また、AMPZ による細胞内タンパク質の変化をプロテオーム解析およびウエスタンブロット法により解析したところ、細胞増殖にかかわるタンパク質のリン酸化や細胞周期停止に関与するタンパク質の発現の増加が確認された。最後に、アポトーシス関連タンパク質の変化をウエスタンブロット法および酵素活性測定によって追跡したところ、AMPZ によるアポトーシス誘導経路には、ミトコンドリアからのシトクロームCの遊離はほとんど見られず、カスペース12が関与していた。これらの結果から、AMPZ は核DNA標的とし、細胞内のタンパク質の発現に変化を与え、その結果、小胞体レベルでのストレスを誘起してアポトーシスが誘導される可能性が極めて高いものと考えられた。このように、AMPZの標的分子は、シスプラチンをはじめとする白金錯体と同様にDNAであったが、細胞に与える影響やアポトーシス誘導経路は、それらとは全く異なることが明らかにされた。この結果は、従来とは異なる機序を持つ制がん性白金錯体の開発にひとつの指針を示すものと考えられる。
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