抗癌剤の創製を指向し、キネシンモータータンパク質 KSPを標的とした細胞分裂阻害化合物の開発が世界的に進んでいる。本研究は、これら化合物による KSP阻害から波及する細胞内生体分子群の異常挙動を明らかにし、KSP阻害化合物の作用機序における分子情報を提供することで、癌治療薬の研究開発における生物学的基盤を確立することを目的としている。 分子細胞生物学的研究手法により本研究課題を遂行してきた結果、KSPの新たな機能として紡錘体形成時における姉妹染色分体キネトコアからの微小管伸長があることを明らかにした。本年度はこれまでと異なる手法で細胞分裂時におけるこれらKSP阻害効果に迫ることを試みた。KSP阻害化合物を含めた細胞分裂阻害化合物により培養細胞は細胞周期に混乱をきたし最終的に細胞死に至る。この効果を指標に、KSP阻害化合物と他の様々な細胞分裂阻害化合物との相互作用を検討した。その結果、調べた多くの細胞分裂阻害化合物がKSP阻化合物と拮抗的に働くのに対し、アロステリック型およびATP拮抗型KSP阻害はともにAurora-A阻害化合物と強い相乗効果を示すこと、ATP拮抗型阻害のみが微小管安定化剤taxolと強い相乗効果を示すことが明らかとなった。これらの結果は、これまでの分子細胞生物学的解析により明らかとなったKSPとAurora-Aとの物理的・機能的相互作用およびKSPのATP拮抗型阻害による微小管の過度な安定化と一致するものである。 以上の結果を総括するに、KSP阻害はKSPとAurora-Aの相互作用を分断し姉妹染色分体キネトコアからの微小管の異常挙動を引き起こすことを明らかにするとともに、阻害化合物の研究手法として阻害化合物間の相互作用を解析することは、既存薬との併用効果を検討するだけにとどまらず、阻害化合物の標的分子の細胞内挙動を理解するのに大いに役立つ可能性を示している。
|