インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)は,がん細胞の生存,増殖に重要な役割を果たしており,抗がん剤の標的のひとつである。これまでに,インスリン受容体(IR)の自己リン酸化部位の一次構造を基に,数種類のオリゴペプチドを設計した結果,Ac-DIYET-NH2及びAc-DYYRK-NH2はATP非競合的に,また,Ac-NIYQT-NH2及びAc-NYYRK-NH2 はATP競合的にIRの自己リン酸化を抑制することを見出した。IGF-1RはIRと高い相同性をもつことから,本年度はペプチドの作用をIGF-1Rに反応性のヒト乳がん細胞株であるMCF-7において評価した。 ペプチドに細胞膜透過性を付与するために,N末端にHIV1-Tat由来のペプチド(Tat)をacpを介して結合させた。これらのTat結合ペプチドをFITC標識した上でMCF-7に添加し,共焦点レーザースキャン顕微鏡にて観察した結果,MCF-7細胞質内にペプチドが拡散していることが確認された。次にペプチドのリン酸化に及ぼす影響をウェスタンブロット解析により検討した。その結果,MCF-7においてIGF-1刺激によるIGF-1Rのリン酸化,さらに下流のAKTおよびMAPKのリン酸化がこれらのペプチドによって抑制された。さらにペプチドのMCF-7に対する細胞増殖抑制効果,細胞毒性,アポトーシス誘導効果を評価した。その結果,細胞増殖抑制に関してはTat-DYYRKおよびTat-NYYRKが効果的であった。細胞毒性はTat-NIYQTおよびTat-NYYRKが強かった。アポトーシスの誘導はTat-NYYRKによってのみ検出された。 以上より,IGF-1Rの自己リン酸化部位由来ペプチドが抗腫瘍効果をもたらす可能性を示した。中でもATP非競合的作用機序を持つTat-DYYRKは抗がん剤開発のためのシードとなる。
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