海馬の神経細胞が変性脱落して記憶障害が起こるアルツハイマー型認知症に対する本質的な治療のためには、海馬を元に戻す技術が必要になる。近年、完成した大人の海馬には神経幹細胞が存在し、絶えず神経細胞が新生されていることが発見され、神経新生の仕組みをうまく制御できれば、萎縮した海馬を部分的にでも元に戻すことは可能と期待されている。また、豊かな環境で育った動物では海馬の神経新生が活発になる一方で、過度の刺激はストレスを生じ海馬神経新生を阻害すると報告されている。同じ環境刺激でも個人によって受容のしかたは異なり、「快」と判断されたときと「不快」と判断されたときでは海馬新生に対する影響が違うと考えられる。脳の中で感覚情報の価値判断を行うのは「扁桃体」であることから、本研究では「扁桃体が海馬の神経新生を左右する」という仮説をたて、その実証を試みるとともに、そのメカニズム解明と認知症治療への応用を検討することとした。 初年度にあたる平成22年度は、in vivoおよびin vitroで海馬の神経新生を定量解析する手法の確立をめざした。増殖性の細胞に取込まれるブロムデオキシウリジン(BrdU)をラットに注射で連投し、一定期間後に動物を灌流固定して脳切片を作成し、抗BrdU抗体と神経細胞のマーカーであるNeuNに対する抗体を用いた免疫染色により神経新生を定量することができた。また、ラット胎児海馬の細胞を分離培養し、既報の手順に従ってneurosphereを作成し、神経幹細胞を継代培養することができた。ただし、収率やその特性などが培養ごとに差があり、薬物効果を評価できるように安定供給するには培養条件の再検討が必要と思われた。次年度からは確立された手法を用いて、扁桃体の関与ならびに海馬神経新生を促す化合物の探索に着手したい。
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