マウス精子先体にはPACAPが含まれ,その特異的受容体PAC1Rは卵丘細胞上に存在している。本研究では,PACAPを引き金として誘起される精子と卵丘細胞のクロストークについて解析した。 マウス卵-卵丘細胞複合体をPACAP添加培地でインキュベートすると,受精率はPACAP濃度依存的に有意に上昇し,精子の透明帯通過率は1.9倍上昇した。卵-卵丘細胞複合体のPACAP処理液を精子懸濁液に添加すると,精子頭部振幅および透明帯誘導性の先体反応率が有意に増加した。卵丘細胞においてPACAPに誘導されて起こる遺伝子発現変動をDNAマイクロアレイで調べたところ,3倍以上の発現上昇をする40の遺伝子がリストアップされた。その中で6倍以上の発現上昇を認めたTAC1に着目した。TAC1はサブスタンスP,ニューロキニンAなどのタキキニン系神経ペプチドをコードしている。マウスでは,タキキニン受容体の中でニューロキニンAと高い親和性をもつNK-2Rのみが発現し,NK-2Rは精子前先体および鞭毛中間部に局在していた。NK-2Rに対するアンタゴニストは,受精率,精子の透明帯通過率,精子運動能,先体反応率を有意に低下させた。 以上の結果から,(1)PACAPは精子先体から放出されて卵丘細胞に作用して細胞応答を引き起こす。(2)その結果,卵丘細胞内で遺伝子発現変動が起こり,ニューロキニンAなどの因子を分泌する。(3)ニューロキニンAは精子にハイパーアクチベーション様の運動能変化を起こすとともに,透明帯誘導性先体反応率を高め,精子のバリア突破能力を高める,と結論された。
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