本研究の目的は、感染ストレスによって惹起された情動や、学習行動への影響のメカニズムを、脳内におけるサイトカインの主たる産生源であるグリア細胞に焦点を当て、グリア細胞の活性化とサイトカイン類の産生動態の機序を形態学的および分子生物学的に明らかにし、さらにグリア細胞と情動や学習行動との関連を行動学的に解析するとともに、初代培養グリア細胞を用いた解析を試みることである。 感染ストレスモデルとして、合成2重鎖RNAであるPoly I:Cをラットに腹腔内投与し、1、3、6、12、24、48時間後にラットを灌流固定し、脳薄切片を活性化したミクログリアのマーカーの一つであるIba-1で染色したところ、視床下部、前頭前野および海馬において、アメーバ状および肥大した活性化ミクログリアが多数見られた。またアストロサイトの活性化マーカーであるGFAPについても検討したところ、アストロサイトの活性化も観察された。この時、ミクログリアにおけるIL-1βの産生が増強し、疲労や不安に関与するセロトニントランスポーターの発現が増強していた。これらの変化は、ミクログリアの活性化を特異的に抑制するミノサイクリンの前投与によって抑制された。また、Poly I:Cによる疲労などの行動学的変化もミノサイクリンによって減弱した。さらに、初代培養グリア細胞を用いた検討によって、Poly I:Cがミクログリアに作用してIL-1βの産生が増強し、産生されたIL-1βがアストロサイトに作用してセロトニントランスポーターの発現を誘導することが明らかになった。以上から、感染ストレス時の脳内グリア細胞の活性化は、情動や学習への影響のメカニズムにおいて重要な役割を果たしていると考えられる。
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