本研究は網膜障害を再生治療することを最終目的とする。その前段階としてコバルトクロライド(CoCl2)やNMDAによる実験的特異的網膜障害モデルを用い、さらに奇形腫発現抑制手段を講ずるあるいは奇形種発現のメカニズムを解明することにより、臨床使用に耐えうる再生条件を構築する。 (1)ES細胞の生体内分化に及ぼす低酸素の影響:ES細胞を様々な酸素濃度下で三次元培養し、低酸素度とES細胞の神経細胞への分化や奇形種分化の程度を解析した。in vitroにより得られた低酸素環境変化に伴う奇形種発現の成績を考慮し、CoCl2あるいはNMDA処理による網膜神経障害マウスにES細胞を移植し、奇形種発現を観察した。その結果、一定濃度の低酸素環境下によりES細胞の神経細胞分化が促進された。 (2)奇形腫発現抑制処理を伴うES細胞移植:移植後ES細胞からの奇形腫発現を制御する目的で、自殺遺伝子(herpes simplex virus-thymidine kinase transgene)導入ES細胞に対し、Ganciclobil処理により明かな奇形種抑制効果が認められた。 以上の結果より、一定の低酸素状況下でのES細胞培養は神経細胞分化を促進すること、さらに自殺遺伝子の導入は奇形種発現を抑制する有力なツールとなることが明らかとなった。また網膜神経細胞に一定の障害を与えることはES細胞の生着率を高めることも明かとなった。しかしながら、コバルトクロライドの網膜への投与は、視細胞のみに選択的に障害性を与えるものの、その程度が激しく網膜再生モデルとして必ずしも適していないことも示唆された。一方、NMDA投与による網膜神経節の選択的な障害は、ES細胞の移植後、一部ではあるものの、ネットワーク形成を伴う神経節細胞への分化が認められるなど、網膜障害モデルとしての有用性が示唆された。
|