本年度は転座関連型肉腫の一つである低悪性粘液線維肉腫におけるMUC4の過剰発現のメカニズムに焦点をあてて検討を行った。すなわち、同肉腫では一般に腺上皮細胞において産生・分泌されるムチン型糖蛋白のMUC4の過剰発現が認められるが、類似した形態を示すことのある他の軟部腫瘍においてはその発現が認められないことから、同肉腫の診断学的マーカーとして現在利用されている。MUC4の遺伝子は同肉腫において特徴的な染色体・遺伝子異常との直接的関連性はなく、過剰発現の機序は未だ不明であるため、それが遺伝子変異によるものではなく後成的(エピジェネティック)な機序によって発現調節されているものと予測して以下の検索を行った。24例の低悪性粘液線維肉腫において免疫染色によりその22例(91%)にMUC4の過剰発現を認めた。次に、MUC4陰性例を含む12例の腫瘍組織からDNAを抽出しbisulfite処理後、MUC4遺伝子の3'側非翻訳領域のCpG領域における脱メチル化の有無を、メチル化特異的なPCRを用いて検索したところ、全症例において脱メチル化を認め、この腫瘍でのMUC4の過剰発現を裏付ける結果を得たが、他の軟部腫瘍でも高頻度に脱メチル化を認めたことから他の分子機序の存在が示唆された。従ってMUC4遺伝子の発現を制御すると報告されているmicroRNAのmiR-150の発現状況を定量的RT-PCR法で検討したところ、低悪性粘液線維肉腫ではmiR-150の発現減弱が検索した半数の症例に確認されたことに対し、その他のMUC4を発現していない軟部腫瘍ではmiR-150発現減弱が見られるものが少なかったことから、microRNAの発現異常もMUC4の過剰発現に関与している可能性を示唆することができた。本研究手法及び結果は未だ不明な点の多いヒト肉腫における生物学的特性を明らかにする糸口になるものと期待される。
|