研究概要 |
本年度は1.回虫感染幼虫(L3)およびC.elegansのシトクロムc酸化酵素(複合体VI)の分子特性の解析,2.キノン結合蛋白の検索と同定,3.低酸素適応に重要な役割を果たしているシトクロムb_5ホモローグのC.elegansにおける発現解析,を立案した。これらのうち3.について述べる。 ブタ回虫成虫のシトクロムb_5(以下Cyt.b_5)は可溶性の分泌型Cyt.b_5である。分泌型のCyt.b_5は回虫の本シトクロム以外には他に例がない,新しい分子種である。これまでに,本Cyt.b_5は成虫期に特異的に発現し,角皮下層と体腔液に分布,それぞれNADH-メトミオ(ヘモ)グロビン還元系の構成成分として,両グロビン分子とともに酸素を基質とする生合成反応への酸素供給を保証しながら,余分な酸素分子を除くという,低酸素適応上不可欠な機能を有することが示されている。本シトクロムは他種由来のものとは異なる塩基性蛋白であり,X線結晶構造解析の結果,その立体構造もほ乳類由来のものとは異なっている。これらの回虫Cyt.b_5のユニークな構造上の特異性と生理機能を考慮すると,本シトクロムは宿主腸腔の低酸素環境に適応する過程で特化した分子種と考えられる。この仮説を検証するために,同じ線虫類であり,すでにゲノムプロジェクトが終了した自由生活性の線虫C.elegansのCytNもの分子種について,データベースから検索したところ,4種の分子種(a),(b),(c),(d)を見い出した。これらの回虫Cyt.b_5との関連性,さらにC.elegansにおける発現について解析した。いくつかの分子特性の比較解析,および分子系統解析から(d)が回虫Cyt.b_5と最も近縁であることが明らかになった。また,RT-PCRの結果,(d)は発現していないことが示された。これらの結果から,回虫Cyt.b_5のC.elegansにおけるカウンターパートは(d)と考えられるが,常圧の酸素分圧下で棲息するため必要でなく,偽遺伝子化したものと考えられる。これらの知見は上記の仮説を支持するものであり,回虫における低酸素適応を系統進化の側面から明らかにしたという点で意義深いものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究実績の概要に記載した立案項目の1.および2.については現在解析中であるが,完了するには至っていない。そのおもな理由は回虫については出発材料のブタ回虫が当初予想したほど十分に手にはいらなくなったためである。C.elegansについても継代保存中に真菌の混入を受け,その純化に時間を要したためである。現在ストックの材料で可能なかぎり研究を進める予定であるが,生材料の入手に時間がかかることを考えると,より入手し易い,他の寄生蠕虫を用いた系を準備する必要があると思われる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は回虫をモデル系として、寄生蠕虫にみられる低酸素適応の分子機構を解明することを目的としているが前年度の研究実績報告書でも述べたように,酸素分圧の異なる宿主の臓器に寄生する他の蠕虫,例えば肺寄生の肺吸虫(Paragonimus westermani)や皮下組織寄生のマンソン裂頭条虫(Spirometra erinaceieuropaei)についても同時に研究を行っている。その結果,前年度では好気的呼吸から嫌気的呼吸への転換の遷移状態ともいえる現象が肺吸虫において見いだされ,好気的ミトコンドリアと嫌気的ミトコンドリアが組織特異的に発現されていることを明らかにすることができ,長年不明であった問題を解明した。したがって,回虫をもちいた研究の今後の進捗によっては,他の蠕虫をもちいて当初の研究目的の達成をめざすことも想定している。
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