Trypanosoma bruceiは,哺乳動物の血流中に寄生し、アフリカ睡眠病をひきおこす原虫である。この原虫は様々な複合型糖鎖を発現しており,糖鎖が宿主免疫の回避やエンドサイトーシスなどに重要な役割を果たすと考えられている.しかし,複合型糖鎖の合成を担う糖転移酵素遺伝子が同定されていないため,個々の糖鎖の機能は不明である.本研究では,糖転移酵素候補遺伝子をノックアウトした原虫株から,全N-結合型糖鎖を分離精製し,その比較解析を行った.その結果,gene ID: Tb927.8.7140にコードされるタンパク質は,複合型糖鎖のN-アセチルグルコサミン末端またはガラクトース末端にガラクトースを転移する活性を持つことが示唆された.すなわち,複合型糖鎖のバリエーションを生み出す酵素であると考えられた.一方,gene ID: Tb927.8.7150のノックアウト株は,発現するN-結合型糖鎖のパターンに変化がないことから,糖脂質などの修飾に関与する可能性が考えられた.次に,これら遺伝子がコードする酵素の機能をin vitroで調べるために,コムギ無細胞タンパク質合成システムで酵素を得,その糖転移活性の検出を試みた.糖転移反応の供与基質として,UDP-ガラクトースおよびUDP-N-アセチルグルコサミン,受容基質として市販の各種糖鎖,アシアロフェツインに由来する糖鎖,オボインヒビターに由来する糖鎖,そして遺伝子ノックアウト原虫に由来する糖鎖を使用したが,いずれのケースでも糖転移活性は認められなかった.従って,T. bruceiの糖転移酵素が機能を発現するためには,協同して働く別のタンパク質の存在もしくは特異な反応条件が必要であると考えられた.
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