研究概要 |
抗体可変部である,V_H,V_Lドメインは,抗原との結合に直接関与する相補性決定部(CDR)と,CDRを支える枠組み領域(FR)から成る.FRの多様性はCDRに比べて小さく,同じ可変部サブグループ内では類似の配列をとる.一昨年,抗ハプテン抗体アミノ酸配列のデータベースを作成して精査し,V_HのサブグループとしてIIAとIIIDが,V_LのサブグループとしてIIとVが高頻度に現れることを見出した. そこで昨年度は,上記のサブグループを持つマスターFRの遺伝子を設計し,変異V_Hと変異V_Lをoverlap extension PCR(OEP)によりリンカー部位を介して連結して一本鎖Fvフラグメント(scFv)遺伝子を構築し,従来から使用しているファージ提示用ベクターに組み込んだのち大腸菌を形質転換してライブラリーを構築した.しかし,インフレームのscFvを発現する形質転換クローンの割合が低いため目的の実用変異scFvの探索は困難と懸念され,この結果はOEPにおいてフレームシフトが高頻度で起こるため,と推定された. この難点を解決するために,まずファージ提示用ベクターを改良した.すなわち,ベクターの骨格に予めリンカー部分の遺伝子断片を挿入し,その5'側にV_Hの,3'側にV_Lの遺伝子をクローニングする部位を設けて,OEPを行うことなく変異scFvライブラリーの構築を可能とした. その一方で,マスターFRに組み込むランダム化CDRの設計について検討した.IIID形のFR遺伝子に,NNSコドン(20種アミノ酸の全てが出現する)またはDVSコドン(CDRに頻出するアミノ酸を含む12種が出現する)を持つCDR遺伝子を挿入したのちファージ提示してライブラリーを作製した.モデルハプテンであるコチニンとエストラジオールに結合するクローンを探索したところ,NNSコドンを配したライブラリーがより良好な結果を示した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
目的の達成には,多様性の極めて大きい縮重コドンを導入した化学合成遺伝子を効率よくファージ提示して,scFv提示ファージのサイズの大きな(10^8以上の)ライブラリーを構築することが前提条件である.ところが,上述のように,V_HとV_LをOEPでscFvに連結したのちベクターに導入する方式では,フレームシフト産物が頻発して大きなライブラリーサイズが得られないことが分かった.これは本研究の進展を阻む本質的な問題であり,解決するために,OEPを必要としない新しいファージ提示ベクターの構築に時間を割かざるを得なかった.
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今後の研究の推進方策 |
上記のライブラリーサイズの問題は克服しつつあるので,本年度は以下の研究を行う. (1)マスターFRの遺伝子に,NNSコドンによりランダム化したCDRを配した変異V_H(IIA),V_H(IIID)と変異V_L(II),V_L(V)の合成遺伝子を調製する. (2)得られたV_HとV_Lの変異遺伝子を改良ファージ提示用ベクターにサブクローニングし,大腸菌にトランスフォーメーションして,scFv提示ファージのライブラリーを構築する. (3)臨床化学的に測定意義の大きいハプテン(ステロイドホルモン,チロキシンなど)をモデル抗原として選び,上記のライブラリーから,これらに対する特異的ファージを選択・単離する.得られた特異scFvを可溶型タンパク質として調製し,その親和力と特異性を吟味し,臨床検査試薬としての実用性を評価する.
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