本研究の目的は脳・心臓疾患の発生メカニズムを解明し,その解決策を提案することであった。そのために,昨年同様,脳・心臓疾患の労災申請中で,かつ非致死であった労働者本人から,直接,彼らの労働条件,労働負担条件および生活条件を発症から過去6カ月にわたってレトロスペクティヴに聴取して,彼らの慢性過労-発症プロセスを時系列的に捉える方法を用いた。また本年度は,昨年度同様,例数を増やして,致死性の過労死事例で裁判提出資料などのデータがそろっており,検討の余地が十分に認められると判断した良好2事例を加えて,申請者の仮説の増強を試みた。事例は半構造化面接法によって,系統的に発症前の労働負荷要因と労働負担要因に分けて慢性過労状態を明らかにした。加えて,係争中の事例については,提出された裁判資料から上記項目を拾い出し,面接内容と齟齬がないかを厳格にチェックした。また慢性過労の背景にある睡眠短縮と睡眠-覚醒リズム変調,さらには不安感,焦燥感のような情動反応の関係を検討した。その結果,これらの事例に共通していた要件としては,過労死発症前に(1)恒常的な長時間労働が認められたこと,(2)その長時間労働は,とりわけ発症前3か月で著しく増加して,マルチタスク状態が認められたこと,(3)その結果,生体リズム変調に加えて,週内リズム変調をきたしていたこと,(4)それに伴い,情動反応の亢進が認められたことの4点であった。しかしながら,本研究においては,非致死性の過労死と致死性の過労死の差異については,これらの4つの発症メカニズムから明らかにすることができなかった。これまで本研究では詳しく検討されてこなかったが,被災者の遺伝的気質要因,生活習慣性の前疾病要因が関係していることが考えられるが,この点は,課題として残った。なお,発症6か月前の心身状態は,双方の過労死事例で差異は認められなかったことを記しておく。
|