研究概要 |
外傷性あるいは出血性ショックの際に好中球が種々の臓器に浸潤することが報告されてきた。われわれは,高齢者に対する身体的虐待によっても好中球が各臓器内に浸潤するか否かを検討した。まず,高齢者の身体的虐待死11例について,myeloperoxidase(MPO)を指標として心,肺,肝,腎といった各臓器内の好中球数を数え,高齢者の対照例(鋭器による損傷死例,単独の鈍器による損傷死例,多発外傷死例各6例)と比較したところ,特に肝と肺において対照例のいずれよりも好中球数が有意に増加していた。次に,浸潤の際に好中球の接着因子として血管内皮細胞に発現するP-selectinを指標として比較したところ,同様の結果を得た。また,主な好中球遊走因子であるIL-8を指標として発現様態を検討したところ,IL-8は主としてマクロファージに発現し,やはり虐待死例の肝と肺において対照例よりも有意に増加していた。さらに,これらの結果について,癌など種々の原因による多臓器不全による死亡6例と比較したところ,いずれの指標についても虐待死例は多臓器不全死例よりも有意に低値を示した。したがって,身体的虐待によって高齢者の特に肝と肺において多臓器不全ほど高度ではないものの好中球浸潤が出現しており,高齢者に対する身体的虐待の法医学的証明法として有用であることが示唆された。また,虐待を受けた高齢者は多臓器不全の前段階ともいうべき状態にあり,虐待が続くなどの傷害や感染などの様々な障害が加われば比較的容易に多臓器不全に陥る危険性があるものと考えられる。
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