薬毒物検査は、法医解剖における死因究明の一環として極めて重要である。本研究では、ガスクロマトグラフィーや液体クロマトグラフィー等を連結しない、直接導入型の質量分析計を用い、生体試料を簡単な前処理のみで測定する手法の確立を行う。 対象薬毒物として、わが国で中毒事故発生件数の多い上位45種類の薬物を用いた。薬物添加血漿1 mLを固相抽出カートリッジ(Oasis HLB)に注入し、5%メタノール1 mLでカートリッジを洗浄後、メタノール1 mLで薬物を溶出し、分析試料とした。 一部の薬物(パロキセチン、トラゾドン、バルプロ酸およびアスピリン)を除き、回収率は、低濃度(0.5μg/mL)で61%-118%、高濃度(10μg/mL)で72%-119%であった。溶出液の一部をガラス製ろ紙に滴下し、直接導入型質量分析計(日立DS-1000)で測定した。シングルMSモードの測定では、分析開始後、直ちに薬物のプロトン付加分子(ネガティブモードの場合、脱プロトン化分子)に相当するイオンが検出された。また、タンデムMSモードでは、プロトン付加分子(あるいは脱プロトン化分子)から各薬物に特徴的なプロダクトイオンスペクトルが得られ、薬物の同定に有効であった。クロルプロマジン、プロメタジンおよびフェノバルビタール(中毒事故原因物質の1位~3位)につき、検量線を作成したところ、0.05-5μg/mLの範囲で良好な直線性が得られた。薬物濃度4μg/mLにおいて、正確さ(定量値と理論値とのずれ)は日内2.6%-17.0%、日間0.8%-13.6%、精密さ(相対標準偏差)は日内2.7%-5.3%、日間は12.1%-13.0%であった。測定に要する時間は、血漿試料の前処理を含めて5分以内であった。 以上の結果より、本法は法医学領域における中毒原因物質の迅速測定法として活用可能であると考えられた。
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