【背景と目的】迷走神経刺激により、慢性心不全ラットの長期生存率が改善し、リポポリサッカライド投与による敗血症モデルでの炎症反応が減弱すると報告されている。この経路はコリン作動性抗炎症経路として知られている。可逆的コリンエステラーゼ阻害薬であるドネペジルはアルツハイマー病患者の認知機能を改善するが、心血管病の形成へどのような影響を与えるかについては明らかにされていない。本研究では、ドネペジルによる薬理学的な迷走神経刺激がアポリポ蛋白(Apo)E欠損マウスの動脈硬化に与える影響について検証した。 【結果】10週齢のオスのApoE欠損マウスに高脂肪食およびアンジオテンシンII(490ng/kg/day)を投与し、動脈硬化モデルを作製した。ドネペジルおよびフィゾスチグミン(同じくコリンエステラーゼ阻害薬)を4週間投与した。ドネペジルの経口投与(5mg/kg/day)およびフィゾスチグミン投与(2mg/kg/day)によりマウス大動脈におけるOil red O陽性の動脈硬化病変は有意に抑制された。心拍数、血圧、コレステロール値に有意な変化は認めなかった。大動脈弁輪部へ浸潤するマクロファージも有意に抑制された。ドネペジル投与により大動脈におけるMonocyte chemoattractant protein-1とTumor Necrosis Factor-αの発現、NADPH oxidaseの活性および活性酸素の産生が有意に抑制された。 【結論と意義】本研究により、ドネペジルによる薬理学的な迷走神経刺激には顕著な抗酸化、抗動脈硬化作用のあることが明らかとなった。フィゾスチグミンでもほぼ同様の結果が得られたので、この作用はアセチルコリンの分解抑制に基づくと考えられる。この結果を他の動物モデルやヒトの動脈硬化にあてはめるには注意が必要であるが、コリンエステラーゼ阻害薬は動脈硬化性心血管病変の新たな治療法として有用である可能性が示された。インスリン抵抗性の形成など様々な慢性疾患において慢性炎症の関与が示唆されている。コリンエステラーゼ阻害薬のもつ抗炎症・抗酸化作用が他の慢性疾患の治療へも応用できる可能性が示唆される。
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