血糖値維持のために、膵島のβ細胞は独特のグルコース感知系とシグナル伝達系を備えている。この系の破綻はβ細胞のグルコース感受性(例えばインスリン分泌)を低下させ、糖尿病の発症につながるが、この系を構成する分子はよくわかっていない。本研究は、インスリン遺伝子の発現に必須な転写因子MafAを同定したことに端を発し、MafAをリン酸化するキナーゼ(既知であったGSK3と本研究代表者が同定したMaCK: 仮称)の振る舞いを調べることによって、この系の分子実体と作動機序の解明を目的とする。 前年度までに、MaCKの細胞内分布の解析に加えて、β細胞の高グルコース暴露によって(糖尿病発症時の持続的高血糖状態に類似)MafAのリン酸化が低下することを見出だした。リン酸化が低下したMafAはDNA結合能を失うためにインスリンの発現が減少することも明らかにし、MafAを介した系の分子機構の一部を解明することを達成した(論文投稿準備中)。 前年度末の時点で、MafAのリン酸化を低下させる小分子化合物を1種類同定していたので、本年度はこの薬剤の作用機序の解明を目指した。培養β細胞株を用いた検討により、この阻害剤によってβ細胞機能(インスリンなどのβ細胞特異的遺伝子の発現)が低下することを明らかにした。一方、MafAのリン酸化部位の変異体を用いた一連の解析から、この阻害剤はGSK3やMaCKではなく、別の部位のリン酸化を阻害することがわかった。この責任キナーゼの同定を各種のsiRNAを用いてを試みたが、現在までのところ成功していない。これらの一連の解析により、MafAは複数のキナーゼによる多重なリン酸化によって厳密にその機能を制御されていることが判明し、その仕組みを解き明かすことがβ細胞機能の維持と糖尿病治療・予防に重要な知見を与えることがより一層明白になったと言える。
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