研究概要 |
薬物依存の習慣化は、依存難治化の最大の要因の一つである。習慣化した行動の出力は、腹側線条体(側坐核)の機能に比べ、背外側線条体の機能が優位となったときに促進される。慢性的にコカインを投与された動物の側坐核では、脳由来神経栄養因子の受容体であるTrkBにおいて、新規の学習・記憶内容の統合に必要なリン酸化が、対照群に比べ著しく低下している。この事実は側坐核の可塑性が低下し、背外側線条体-側坐核間の回路間均衡が、背外側線条体側に傾いている可能性を示唆する。本研究では側坐核TrkBリン酸化の機能的意義を解明し、慢性コカイン投与動物の側坐核TrkBリン酸化を正常化することで、依存行動の治療を目指す。 本研究グループは、慢性にコカインを投与したラットの側坐核にLTPを誘導した際、TrkBのリン酸化部位のうち、Shcが結合するチロシン残基516(以下、Y516)でのリン酸化が、対照群に比べ有意に抑制されていることを確認した。一方、phospholipase C γ (PLCγ)が結合するチロシン残基817(同、Y817)のリン酸化は、対照群では殆ど誘導されないのに対し、慢性コカイン群では、LTP誘導以前から2倍以上の亢進を示した。最近の恐怖記憶課題を用いたラット扁桃体での研究から、Y817のリン酸化は記憶の獲得(=一時的な保持)に、一方、Y516のリン酸化は記憶の統合(=長期的な記憶貯蔵)に重要と推測されている(Musumeci et al, J.Neurosci,2009;上表)。本研究グループのこれまでの検討から、慢性コカイン投与後の側坐核では、LTPの早期相は亢進しているものの、後期相は成立していないことが確認されており(Toda et al.J.Neurosci,2009)、今回観察されたTrkBリン酸化のパターンと極めてよく符号する。そこで本研究では、以下のような作業仮説を立て、これを実験的に証明する;(1)慢性コカイン投与の結果、側坐核TrkBにおいて、Y817のリン酸化が促進するが、Y516のリン酸化は抑制される。このパターンは側坐核での後期LTPを阻害し、側坐核が司る「目的指向性行動」の獲得を抑制する「分子スイッチ」として働く。その結果、側坐核と背外側線条体間のバランスが崩れ、「習慣」出力が優位になる(=依存を促進)。(2)NACは、この異常なTrkBリン酸化を是正することで側坐核の可塑性を正常化する。すると背外側線条体と側坐核間のバランスが修正され、結果として習慣化した薬物要求行動の出力を抑制する。これまでの成果として、TrkB各リン酸化部位に対するTATペプチドの作成に成功し、現在行動薬理学実験に取りかかっている。
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