麻酔薬がげっ歯類で脳神経発達時期に暴露されると神経変性を生じる報告が多いが、果たしてヒトでは小児期での吸入麻酔薬による全身麻酔後に脳神経発達障害が生じるかどうか、多くの麻酔科医は疑問に思っている。ヒトでは小児期の全身麻酔後でも、発達期の脳には可塑性があり、外部環境により、障害も修復できる可能性があると考えられる。 24年度は、吸入麻酔薬による脳の発達障害を受けたマウスに、その後の社会環境を豊かにすること(環境エンリッチメント)で、脳の発達障害を軽減できるかどうかを検討した。生後7日目の仔マウスにイソフルラン6時間暴露させ(8方向迷路学習障害が生じている)、離乳後4週間、通常の飼育ゲージで飼育する群(対照群)と、トンネルや回し車などで環境をエンリッチにしたゲージで飼育する群(環境エンリッチ群)に分けて飼育し、生後8週間後に8方向迷路学習実験を行い、実験終了後に脳を取り出し、BDNF(brain-derived neurotrophic factor)mRNAをreal time pCRで測定し、にシナプト形成を免疫染色で組織学的に検討した。環境エンリッチメント:飼育ゲージ内に、トンネルやはしご、回し車などの遊び道具を入れて、また寝床のための部屋を入れた特製ゲージで飼育する。環境エンリッチ群では8方向迷路学習で失敗率が改善し、学習効果が認められ、BDNFmRNAは有意に低下していた。しかし、組織学的にはシナプス形成に差は認められなかった。 環境エンリッチメントには効果のある時期、必要な飼育期間、どれぐらい持続するか、などの問題点もあるが、環境エンリッチメントは、麻酔薬による脳神経変性に対して、今までの薬物治療とは違う、まったく新しい治療法となる可能性が示唆された。
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