顔面神経障害の程度や時期により表情筋の遺伝子発現に差があるとすれば、これを指標とした顔面神経麻痺の病態診断に応用できる可能性がある。本研究では、実験動物の顔面神経に「切断と挫滅」という2種類の障害を負荷し、その後に生ずる遺伝子発現の変化を経時的に観察した。実験動物には10週齢、雄のウィスター系ラットを用いた。右側の耳後部を切開して側頭骨外で顔面神経を露出、茎乳突口から約5mmの部位に次のいずれかの障害を加えた。すなわち、神経を完全に切断し末梢側を5㎜にわたって切除した神経切断モデル(以下、切断群)と、マイクロ持針器を用いて10分間圧迫を加えた神経挫滅モデル(以下、挫滅群)の2種類を作製した。これらの処置後、経時的に眼瞼やヒゲの動きを肉眼的に観察し、表情運動の評価を行った。また、マイクロアレイ法を用いて顔面表情筋における遺伝子発現を検討した。その結果両群とも処置直後より眼瞼やヒゲの動きが消失し、完全麻痺を呈した。切断群では28日を過ぎても表情運動が回復しなかったのに対し、挫滅群は10日目頃より徐々に表情運動が回復し、平均17.6±2.8日で治癒に至った。マイクロアレイ解析の結果から、Myogenin、Vesicle-associated membrane protein 2 、Insulin-like growth factor binding protein 6 の3種のRNAを選択し、その発現を定量化した。いずれも、切断群での発現増加は挫滅群よりも著しく、7、14日目において統計学的に有意差を認めた。麻痺の予後は挫滅群の方が切断群よりも有意に良好であることから、遺伝子解析は予後診断に応用できる可能性がある。特にMyogeninは反応特異性に優れるため論文を作成しActa Otolaryngolに掲載された。今後は、臨床応用を念頭に、研究を継続予定である。
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