本研究は,①「景勝地における道路新設のあり方についての検討」,②「公共空間における音の付加のあり方についての検討」という2つの具体的な事例研究と,③「音環境の『公正さ』についての基礎的(包括的)検討」という理論的研究からなる. ①では,これまでの成果を基に,景勝地で聞こえてくることが許容される道路交通騒音のレベルは,個人レベルでみれば,環境騒音レベルが高い地点ほど,許容値も高くなるという一般的な傾向は見られるが,絶対的なレベルについては個人差が非常に大きく,平均等の統計的操作により各地点における許容値を決めることは不適切であることを論じた. ②では,知的作業を行う人への拡声器による音楽(BGM)の付加の影響を検討した.その結果,BGMの有無は知的作業の成績自体に対しては有意な差を及ぼさないが,音楽の種類によっては,BGMの付加により,課題を行うことの負担感が有意に大きくなることが明らかとなった. ③では,これまでの議論を次のように総括した.例えば「公共空間のバリアフリー化を目指す」といった公正さの基準(この場合,「ケイパビリティの平等」)が明確である状況下では,その基準に従って音環境の評価を行うことで,公正で望ましい音環境のデザインに資することができる.しかし,景勝地における道路新設問題のように,複数の公正さの基準(多数のものの便益を重視すべきである/少数に負担を押し付けて多数が便益を得るのは不公正である等)が考えられる状況下では,各公正さの基準内での望ましい音環境像は描けても,それらのどれがより公正であるかを決定するのは極めて困難である.このような状況下では,問題の当事者が集い,丁寧に合意形成を計りながら,音環境のあるべき姿を構築していくべきであり,そのような過程を経た音環境のあるべき姿こそが,真に公正な音環境のあるべき姿であると考えられる.
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