自閉症スペクトラムは遺伝性の高い発達障害であるが、疾患特異的な責任遺伝子は殆ど見つかっていない。2007年、SNPアレイ解析によりヒト第9染色体(9p24.1)のSNPに連鎖が報告され、近傍に責任遺伝子の存在が示唆された。本研究では、ヒト9p24.1にマップされるヒストン脱メチル化酵素をコードするGasc1遺伝子と自閉症スペクトラムの関連を明らかにした。これまでにGasc1遺伝子変異マウスの網羅的行動テストバッテリーを施行したところ、顕著な多動・固執傾向、反復的常同行動、および作業記憶・参照記憶異常などが検出された。これらの行動異常は自閉症スペクトラムの中核症状に類似していた。しかし、Gasc1遺伝子変異マウスをヒト自閉症スペクトラムのモデル動物と位置付け創薬を目指すためには、さらに、ヒト疾患と当該マウスの症状を引き起こす直接の原因が共通することを確認することが重要と考えた。そこで、当初研究計画に加えて、Gasc1遺伝子変異マウスが示す顕著な多動症状に着目し、ヒト発達障害の一つである注意欠陥多動性障害の症状緩和の第1選択薬であるメチルフェニデートをGasc1遺伝子変異マウスに投与した。メチルフェニデートはシナプス間隙からドパミンを神経細胞内に再取り込みするトランスポーターをブロックし、シナプス間隙のドパミンの量を増加させることによって多動傾向を軽減すると考えられている。メチルフェニデートを投与したGasc1遺伝子変異マウスは活動期に見られていた多動症状が有意に改善されたことから、本マウスはヒト発達障害に類似した原因で多動症状を呈していたことが示された。本研究により、Gasc1遺伝子変異による下流標的遺伝子のエピゲノム修飾変化がヒト発達障害の原因である可能性、およびGasc1遺伝子変異マウスがヒト自閉症スペクトラムを含む発達障害のモデルとして極めて有用であることが示された。
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