本研究の目的は、発話コミュニケーション障害「吃音」動物モデルの確立、及びその研究応用である。会話によるコミュニケーションは、人間として生きていく上で重要な行為である。しかし、「吃音(どもりstuttering)」では、思考したことを言葉として表出できない、会話が流暢にできないといった問題が起こる。「吃音」は世界中の全ての言語において人口の1%でみられる。発症原因は未だ明らかにされておらず、その治療方法も確立していない。この現状を踏まえ今回、吃音研究の推進を可能とする新規実験動物モデルの作成を試み、それを利用した新たな吃音発症機序の理解・治療の確立を目指す。その研究戦略として、音声発声学習能をもつ鳴禽類ソングバードを用いている。ソングバード脳内にはヒト言語野に相当する神経核群が存在し、これらによって構成される神経回路は近年の研究により哺乳類と多くの点で相同な機能をもっていることが明らかにされている。 当該年度においては、後天的環境要因探索からの検証として、聴覚遅延フィードバック[Delayed Auditory Feedback(DAF)]環境による、音声発声学習異常とその固定化の発声行動への影響を検証する実験を施行した。DAF環境では、動物個体が発声した音声を数十ミリ秒から200ミリ秒の遅延を与えて聴覚入力させる。これによって、発声出力と聴覚入力との符号性のアンバランスが誘発されるために、ヒト正常成人で人為的な吃音様症状がみられる。今回は、学習臨界期中の幼鳥をDAF環境で飼育し、これによって自発的に誘発されてくる人為的特定音素の繰り返し発声パターンの固定化を検証する予定にしている。これによって産生される動物個体の学習によって、(I)個体ごとに実際に獲得した通常発声時中の特定音素の繰り返し回数・頻度と、(II)メス個体提示時の状況依存的吃音発症時のその障害程度の2点のパラメーターの行動相関を特に重点的に解析していく。
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