味覚は、摂食のコントロールを行う重要な感覚である。現在では、子供の成長過程において好ましい食嗜好性を身に付けていくことが、「食文化の伝承」や「健康維持」などに繋がると考えられ、味覚教育も盛んに行われている。しかし、味覚は身近な感覚である一方、その分子基盤に関しては不明な点が多い。本研究では、酸味を甘味に変換する蛋白質「ミラクリン」の分子作用機構を、生化学的方法で明らかすることを目的とする。具体的には、ミラクリンの酸味抑制作用に焦点を絞り、主に培養細胞系を用いて検討した。本研究は、今まで官能検査によって主に評価されてきた味覚を、生化学的基盤のもとで評価する点に特色がある。 マウス酸味受容体候補PKD1L3/PKD2L1を発現させたヒト胎児由来腎癌細胞HEK293T細胞は、酸刺激に応答するが、その応答は酸性状態から中性状態に戻るpH変化により活性化する特性を持つことが報告されている。この特性を発見者である富永らは「オフレスポンス」と命名した。申請者は、このアッセイ系を用いてミラクリンに対する影響を検討した。その結果、酸味受容体候補PLD1L3/PKD2L1のオフレスポンスを、ミラクリンは1nMより用量依存的に抑制することを見出した。さらに、このミラクリンによる抑制は、甘味、うま味、苦味、ミラクリンが属するKunitz型大豆トリプシンインヒビターの添加では認められず、酸味、及びミラクリンタンパク質に選択的な抑制であることを見出した。また、この抑制はミラクリン添加3分後から観察されたが、生体において、ミラクリンを舌に塗布してから味覚修飾活性が観察されるまでに3分以上を必要とすることと時間的に一致していることを見出した。 以上、ミラクリンによる味覚修飾分子作用機構の一部として、PKD1L3/PKD2L1を介した酸味応答の抑制が強く示唆された。
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