がん転移に関わるがん細胞の遊走制御機構は,それぞれのがん細胞の由来組織や変異遺伝子に違いがあるために,全てのがん細胞に存在する普遍的な遊走機構と特定のがん細胞にのみ存在する多様性を担う機構が存在することが予想される.しかし,細胞遊走を制御する分子機構についてのそのような詳細な違いは明らかになっていない.本研究ではケミカルゲノミクスとシステム生物学を組み合わせた手法によって細胞遊走を制御するシグナル伝達の普遍性と多様性の解明を目指し研究を行った.まず細胞遊走に関わる普遍性および多様性を担う分子群を明らかにするため,34種類の標的分既知の小分子化合物が,10種類のがん細胞遊走系に及ぼす遊走阻害活性を定量的に評価し,化合物の遊走阻害プロファイルに対して階層的クラスタリングを行った.化合物のクラスターは大きく4 群に分かれ,細胞遊走のクラスターは大きく2 群に分かれた.このクラスタリング結果から細胞遊走を制御する共通な機構に関わる分子群 (JNK等)と細胞型特異的な分子群(ROCK、GSK-3、p38等)の一端を明らかにした.次にEGF刺激で遊走する3種類のがん細胞にそれぞれ遊走阻害剤を添加した時に起こる遊走制御分子の発現量やリン酸化レベルを定量的に解析し,システム生物学的解析によって遊走に携わるシグナル伝達パスウエイを細胞ごとに描画した.その結果,MAPK経路やPI3K経路,JNK経路などは3細胞において共通のトポロジーであったが,全パスウェイの約1/3程度の制御が各細胞に特徴的に存在することが示唆された.
|