研究概要 |
三木清編『現代哲学辞典』(日本評論社,初版1936年/新版1941年/第2版1947年)の独自性を輪郭づけるために,同書に先行する哲学辞典を網羅的に検討した。すなわち,『哲学字彙』以後の金字塔『大日本百科辞書<哲学大辞書>』(1909年),影響力を誇った宮本和吉他編『岩波哲学辞典』(1922/24年[増訂])および伊藤吉之助編『哲学小辞典』(1930/38年[増訂])を筆頭に,久しく忘却された次の諸編も対象とした。朝永三十郎編『哲学辞典』(1905/24年),渡部政盛著『最新哲学辞典』(1923年),高木斐川著『学説人名用語大辞典<哲学之部/倫理之部>』(1925/20年),『大思想エンサイクロペヂア26<哲学辞典>』(1928年),『哲学研究会編『現代哲学辞典』(1930年),桑木厳翼監修『哲学辞典』(1934年)。各書の序文を比較検討した結果,20世紀初頭から30年代に及ぶ哲学ブームのなかで,手近な啓蒙書として哲学辞典が広く求められるようになり,そうした読書界の要求に応えるべく,学術性を誇るタイプとむしろ通俗性を旨とするタイプの哲学辞典が刊行されたことが判明した。そして三木清編『現代哲学辞典』は両タイプの統合を図りながら,それまで類例のなかった「大項目主義」の採用により,我が国における哲学辞典の出版史に新生面を拓いたという事情が確認できた。さらには法政大学図書館の三木清文庫を調査した結果,三木が大項目主義のモデルとしたVierkandt著『社会学小辞典』など辞典類には三木による書き込みなどは何ら残されておらず,辞典編纂の舞台裏を垣間見るという期待は裏切られた。だが,三木文庫にも多数が収蔵されている共編者,樺俊雄の諸著作(歴史哲学と文化社会学に関するもの)が『現代哲学辞典』の成立を理解する重要な手掛かりを提供してくれるはずである,という新たな見通しを得ることができた。
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