研究概要 |
前年度に続き,19世紀後半のベルギー王国における地理学と芸術の関係性を,国民国家アイデンティティの確立や植民地主義の進展,及びそれらと複雑に関係しつつ勃興する地域主義というコンテクストのもとで探究した。絵画や彫刻といった造形芸術は,地理思想と地理的実践の融合体としての広義の地理学や,その担い手としての地理学者を,ある種の普遍的価値を有するものとして社会に効果的に伝達するメディアとしての役割を果たしうる。君主制国民国家の建設途上にあった19世紀後半のベルギー王国では,メルカトルやオルテリウスといった地理学史を飾る人物群や,近代科学の一象徴としての地理学それ自体を国家的あるいは地域的に領有する動きが顕在化するなかで,とくに屋内外に建立された彫像群がかかるメディアとしての役割を演じた。本年度の成果として特筆されるのは,1871年のアントウェルペンにおける最初の国際地理学会議開催に事後的に接合される形で,生誕地域たるワースランドの地域主義のもとで建立された二つのメルカトル銅像である。ワースランドの中心都市たるシントニクラースの彫刻家ファン・ババマートの製作した銅像が,同じくシントニクラースで活動した医師にして地域史家たるファン・ラムドンクの主導によって,生誕地ルペルモンデの教会前の広場に1870年に建立され,レプリカがシントニクラースの市庁舎に置かれた。ファン・ラムドンクは政府に働きかけ,同じ彫刻家に,ブリュッセルのアカデミー宮殿に据えられることになる,メルカトルの石像をも製作させた。地域主義の色合いを帯びて製作された一体の銅像が,やがて国家主義や植民地主義の色合いを帯びた国際地理学会議と偶有的に接合されつつ増殖し,偉人とその実践の国家的領有のシンボルとなってゆく。なお,地理学と芸術の関係性について考察した関連論文1編を『空間・社会・地理思想』に発表した。
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