研究概要 |
軟X線吸収分光法は、遷移金属(3d,4d)化合物、希土類(4f)化合物の基底電子状態(価数や局在遍歴性、結晶場基底状態等)を検出する強力な手法として知られ、近年もその進展は著しい。しかしながら、この100eVから1500eVのエネルギーの軟X線は物質透過能が低く、結果として、高圧・極低温・高磁場といった極限環境下への適用に実質的な困難がある。そこで本研究では、物質透過能の高い硬X線を用いたX線非弾性散乱法による希土類の軟X線吸収スペクトル測定法を開発し、これまで不可能であった極限環境下軟X線吸収分光法の実現とそれによる量子臨界状態でのf電子強相関電子系の電子状態測定を目的とする。 22年度には、まず、散乱強度やf電子基底状態の変化の程度といった基本情報を得ることに主眼を置き、大きな価数転移を示すEuPd_2Si_2を試料としてx線非弾性散乱実験を実施した。無事、4d→4f遷移に対応する吸収を観測することには成功したが、しかしながら、信号強度は約0.3counts/秒と弱いものであった。 23年度は、この結果を受けて強度の増大を目指した分光器の改良を行い、幾つかの変更の結果、約150倍の強度の増大に成功した。同じくEuPd_2Si_2について測定を行い、4d→4f遷移(N吸収端)に加えて3d→4f遷移(M吸収端)も測定することが出来た。高強度化に伴い観測精度も向上したので、スペクトル形状についての議論も可能となったが、驚いたことに、どちらの吸収端でも価数転移に伴うスペクトルの温度変化は全く観測されないという結果となった。同じ実験の際に、通常のL吸収端の吸収スペクトルも測定したが、これは明瞭に価数転移に伴うスペクトルの変化を示し、従って、Raman過程と吸収過程では、状況によっては、必ずしも同じ物理量を測定するわけではないということが明らかとなった。図らずも光学過程の根幹にかかわる問題に遭遇したこととなった。なお、これらの結果は、強相関電子系の国際会議SCES2011や日本物理学会で報告した。
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