研究概要 |
基油に様々な性能向上添加剤を加えて総合的な機能を発現するように潤滑剤は調製される.従来の鉱油(炭化水素)に対して有効である添加剤がエステル油,特に環境負荷の低い植物油(トリグリセリド)に対して逆効果(摩耗促進)を示すことを従前の研究で見いだした.本研究では耐摩耗剤として使われている有機スルフィドの作用に及ぼす植物油の化学構造を解明した.酸化防止剤の添加は摩耗促進を緩和したので基油の自動酸化で生じた炭素ラジカルあるいは過酸化物が有機スルフィドを分解すると仮定し,ヨウ素価の異なる植物油を比較した.しかしヨウ素価が同程度で,熱分析による酸化安定性もほぼ等しい植物油に対して有機スルフィドの効果が異なる事例を見いだした.機器分析の結果摩耗を顕著に促進しない基油にはE体(トランス体)不飽和脂肪酸の含有量が高いことがわかった.これは天然の植物油には含まれない成分なので精製過程で何らかの異性化反応が起こった結果であると考察した.天然の植物油の成分であるZ体(シス体)不飽和脂肪酸トリグリセリドに5-10%のE体不飽和脂肪酸トリグリセリドを添加すると有機スルフィドによる摩耗促進が緩和した.飽和脂肪酸トリグリセリドにも同様な効果が見られた.このように有機スルフィドによる摩耗促進の程度は基油の化学構造の影響を受けるが構造由来の酸化安定性とは単純には関連しないことがわかった.E体不飽和脂肪酸の効果を解明するために表面分析を行ったが摩擦面上に生じた境界膜は現行の分析機器では検出あるいは同定が不可能だった.E体不飽和脂肪酸および飽和体トリグリセリドはその炭化水素基同士が相互作用(主にファンデルワールスカ)しやすい立体配座をとることが分子モデリングで判明した.すなわち分子間の弱い相互作用に基づく構造体が摩擦面を覆って有機スルフィドが金属面と相互作用するのを防いで摩耗促進を緩和する機構を推察した.
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