気管や胚、ゾウリムシなどの単細胞生物は多数の繊毛を持つ。繊毛は1本1本が独立して運動しているにも関わらず、集団として見ると全繊毛は一糸乱れぬ秩序を保ちながら同じ方向に動く(メタクロナールウェーブ)。この秩序形成には外部からの制御は不要で、繊毛同士の相互作用から自律的に形成される。メタクロナールウェーブは、繊毛が引き起こす流れが外液の粘性を介して隣の繊毛に伝播することで成り立つ、と考えられてきた。本研究では、この仮説が正しいかどうか、正しくなければ、他にどんなメカニズムが考えられるか、ゾウリムシを材料に検討することを目的とした。 本研究で、一部の繊毛の繊毛打方向を逆転させ外液を介した伝播を遮断しても、メタクロナールウェーブは遮断域を超えて伝播することが示唆された。また、細胞をメタクロナールウェーブの周波数よりも遅い一定周波数で強制的に伸縮させ続けると、メタクロナールウェーブの周波数はやがて伸縮の周波数に一致することが分かった。これらの実験結果から、メタクロナールウェーブが、外液を介してだけでなく、細胞膜の伸縮として伝播していることを示唆している。さらに、理論研究者との共同研究で、外液の粘性及び細胞膜の伸縮を使ってゾウリムシのメタクロナールウェーブの伝達モデルの原型を作成できた。 今後、さらなる詳細な実験により、細胞表層の弾性を使ってメタクロナールウェーブが伝達するメカニズムを明らかにする。また、メタクロナールウェーブ伝達の分子メカニズムについては全くわかっていない。ゾウリムシの細胞表層にはセントリンと呼ばれるタンパク質から成る収縮性の繊維が網の目のようになって存在することが知られている。セントリン細胞骨格がメタクロナールウェーブの伝達に伴って伸縮しているか、GFPなどを用いて蛍光染色し観察し、分子メカニズムまでも明らかにしたい。
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