本研究の目的は、冬眠動物が極度の低体温下で生命を維持する機序を明らかにし、それを適用して本来冬眠することのない動物に冬眠様の低体温を誘発することである。昨年度の研究成果より、冬眠動物が保有する低温耐性を持たない非冬眠動物を極度の低体温にすることは容易ではないものの、脳室内へアデノシン受容体アゴニストを投与すると低温下で心拍動を維持できることが明らかとなった。しかしながら、このような方法で低体温に誘導したラットは正常体温に復帰させることが困難であり、低体温下で致命的な傷害を受けると考えられる。そこで本年度は、正常体温に復帰できる低体温誘導法の開発を目指した。始めに、冬眠動物であるハムスターで誘導法を検討した。イソフルランで持続的に麻酔しながら冷却すると、冬眠様の低体温になるまでに心停止を起こした。一方、麻酔の吸入を体温が低下する途中で停止すると、体温が10℃以下に低下しても心停止しなかった。このことから、冬眠様の低体温は麻酔で体温調節中枢を抑制することにより誘導できること、低体温下で健常な心拍動を維持するためには麻酔の影響をある程度体温が低下した時点で除去する必要があることが明らかとなった。次に、この誘導法をラットに適用したところ、体温を低下させることに成功した。持続麻酔下では心停止が起こる体温に達しても、正常な洞律動が維持されていた。さらに、低体温に誘導したラットは、冷却を停止して室温環境に戻すことで体温および心拍数が回復し、その後長期間生存した。本研究により、吸入麻酔薬であるイソフルランを用いた新たな低体温誘導法を確立し、その方法が冬眠動物のみならず、非冬眠動物を簡便かつ安全に低体温状態へ誘導することを明らかにした。動物種に関わらず低体温に誘導できるこの方法は、今後、医療への応用に有望であると言える。
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