低体温を可能にすることは、エネルギー代謝抑制、寿命の延長、人工冬眠、心・脳疾患治療、臓器移植等における革新的な医療技術開発への道を拓くことから、これまで数十年にわたって様々な角度から研究がなされて来た。しかし、低温耐性を誘導する有効な手法は未だ見出されていない。本研究では、ショウジョウバエの分子遺伝学的手法を駆使して低温耐性誘導遺伝子の網羅的な同定を行い、さらに当該遺伝子産物の機能解析から低温耐性誘導の分子機構を明らかにすることを目的とする。 これまで特定の細胞・組織での遺伝子発現が個体の低温耐性に及ぼす影響を検討した研究は極めて僅かである。ショウジョウバエにおいてはGAL4-UASシステムを利用することにより、特定遺伝子の特定細胞・組織での機能を抑制した遺伝子改変個体を容易に作製することが出来る。そこで本研究では、誘導型RNA干渉系統群とGAL4-UASシステムを駆使することにより、特定遺伝子を特定細胞・組織で発現抑制した遺伝子改変個体の作製と解析を通して、低温耐性誘導遺伝子の網羅的な同定を試みる。 本年度は、神経細胞特異的GAL4ドライバーであるelav-GAL4と誘導型RNA干渉系統群との交配により得られた遺伝子発現抑制個体の低温耐性を指標に、低温耐性誘導に関わる遺伝子群を同定した。具体的には、RNA干渉系統の選択として、まず低温条件下で発現変動が報告されている遺伝子群に着目して検討を開始した。これまでに約150系統についてスクリーニングを完了し、ミトコンドリアに局在する特定のタンパク質の発現阻害により著しい低温耐性の誘導が認められた。低温環境に長時間曝された際の昆虫のユニークな応答としてミトコンドリアの断片化と常温での再構築が観察されることから、今後、上記タンパク質の神経細胞のミトコンドリア機能への影響について生化学的・分子遺伝学的な解析を進める計画である。
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