本研究は4つのプロジェクトからなり、各プロジェクトの成果は以下のとおりである。(1)中堅規模A病院をフィールドとした医療事故時等の真実告知や必要な際の謝罪も含めた円滑なコミュニケーションに影響を与える組織心理的要因に関するインタヴュー調査からは、リーダーシップと組織文化の重要性があげられた。組織の下の者が、自分は上から信頼しされており、自由に挑戦をすることが許されており、しかしいざ問題が起こったときには上が責任を取ってくれる、という強いリーダーシップと信頼の連鎖の中で、組織の中に人と人への信頼の文化が生まれ、それが職員同士あるいは患者・家族とのコミュニケーションにも生かされているという結果が得られた。(2)ポジティブな心理連鎖を作り出すためのリーダーシップモデルとして米国で医療機関にも応用されているフォスター & ヒックモデルの日本への応用可能性に関するフォーカスグループインタヴュー調査を行ったところ、日本の医療現場のリーダーシップでは米国の医療現場とは違った価値が重視されている可能性が示唆された。米国のリーダーでは「言い、指示し、導く」能力がある人が理想的リーダーとされるのに対して、日本では「聞き、待ち、育てる」能力がある人が理想のリーダーとされるという暫定的結果が見られた。米国のリーダーシップトレーニングモデルを日本に応用する際には、そのモデルを正しいものとして押し付けるのではなく、議論や考えるための触媒として用いると有効であることも示唆された。(3)医療事故や医療紛争等の繊細な問題を扱う調査研究においては、医療組織に単に外部の第三者が入って研究するのでなく、医療組織の職員や患者・家族などの当事者とともに研究を作り上げて行っていくコミュニティ・ベースド・パーティシパトリー・リサーチ(CBPR)が有効であろうことが発見された。また、既存の組織研究の枠組みも用いながら、質問項目を形成していく必要がある。(4)戦略的平和構築学の枠組みを用いると、単に医療機関トップやメディエーターといった個人のスキルや努力に頼るのでなく、問題や資源を分析し、介入・変革の戦略計画を立て、医療事故時等の組織全体に働きかけていくことも可能であることがわかった。また、傷つきの関係が起こった場合の関係修復のための哲学としての修復的正義の考えを医療事故等の場合に適応すると、患者・家族のみならず医療者も傷ついていることを前提にし傷つきのケアを行いながら、1)どのような悪い結果(医療事故など)が起こったのか、2)その根本原因は何か、3)それに関する関係者(医療者のみならず患者や家族も含めて)の責任とニーズは何か、4)未来に向かって何をしていくべきなのか、5)その未来のプランに対して関係者のそれぞれができることは何か、という点を、医療者と患者・家族の両方で参加的協働的に、整理し話し合っていくということが有効であるという暫定的なモデルが構築された。
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