救急医療あるいは様々な外科的手術の後、生体侵襲の大きさが問題となる。その生体ストレスが病態の予後に大きな影響を与えることが少なくない。心肺蘇生患者において低酸素脳症が予後を左右する。申請者らは細胞内情報伝達機構に関する基礎研究に従事し、細胞内セカンドメッセンジャーであるジアシルグリセロール(DG)のリン酸化酵素DGキナーゼ(DGK)の分子多様性と生体臓器における遺伝子発現の多様性を明らかにしている。これまで、動物実験からラット脳の「一過性脳虚血・再還流モデル」において、DGKζ(ゼータ)が海馬ニューロンにおいて、20分間の一過性虚血後に核から細胞質へと移行し、その後アポトーシス様の細胞死に至る現象を発見した。 本研究では、同様の現象が「低酸素脳症モデル」においても起こるかどうかを検討した。成体雄マウスを低酸素ストレス(酸素濃度4.5~5.0%、6分40秒間)に暴露し、負荷72時間後、摘出脳の切片を作製し、TUNEL染色を施行した。コントロール個体においてTUNEL染色細胞は全く認められなかったが、低酸素負荷マウスの海馬錐体層においては、多数のTUNEL陽性細胞が認められた。すなわち、今回の低酸素負荷条件によりマウス海馬錐体ニューロンにアポトーシスが誘導されることが示唆された。この時、負荷24時間以降における海馬のDGKζ免疫反応は、一過性虚血負荷後と同様、核内から細胞質優位に変化することが明らかとなった。これらの実験から、DGKζ(ゼータ)の核外移行は一過性脳虚血同様、低酸素ストレスにおいても生じることが明らかとなった。
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