研究課題
本研究は、型理論におけるモナド変換の概念が、同じく型理論に基づく自然言語の意味論において様々な有用なコントロール演算子を定義可能とすることに着目し、Bekki (2009)のメタラムダ計算に基づくモナド変換を介して、語彙的曖昧性を非決定性モナド、文脈パラメータを状態モナド、フォーカスや逆スコープを継続モナドによって説明付けるという研究である。当初の目的はある程度達成されつつあり、3年目の研究としてはむしろ、上記以外の言語現象において、これまで本研究が提案してきた理論、もしくはより一般的な意味においての型理論の拡張理論において、解決可能なものはないかを他の研究者と共同で模索する、という方向に発展している。以下、昨年度の業績のうち代表的なものについてのみ簡潔に紹介する。Bekki and Asher (2012)は、copredicationと呼ばれる語彙意味論と形式意味論の中間領域に存在する問題を部分型理論を用いて解決する試みである。Hayashishita and Bekki (2012)では、日本語の「NPとNP」「NPかNP」「NPやNP」という名詞句の連言に対して既存の理論が正しい意味表示を与え得ないことを示したうえで、Disjunctive monadと呼ばれるモナドによる解決を提案した。Ozaki and Bekki (2012)では、部分方向性組み合わせ論理(SDCL)という論理体系を提案し、組み合わせ範疇文法(CCG)の型理論上での位置付けを行うとともに、Ross (1967)によるいわゆる強い/弱い島の制約が、SDCLの演繹定理の制約に帰着することを示した。Ishishita and Bekki (2012)では、型理論に基づく前提(presupposition)の構成的な分析として、推断組み合わせ論理(ICL)という高階の体系を用いた理論を提示した。
2: おおむね順調に進展している
今年度の成果は、昨年度までに確立したメタラムダ計算に基づくモナド変換の理論を踏まえつつ、そのバリエーションを様々な形で模索したものであり、それぞれ先行研究に対して独自の優位性を持つものであるが、それぞれの課題もまた残された。Bekki and Asher (2012)は語彙意味論におけるpolysemyの問題を型理論によって解決するという点において新しい試みであるが、一方そこで用いた部分型理論は、まだ計算論的性質が十分明らかとはいえない体系である。Hayashishita and Bekki (2012)はモナド変換に基づいて日本語の名詞句連言の問題を解決したが、語用論の原理を併用しており、どこまでモナド変換が必須であると言えるか、その境界線については議論を待つ必要がある。Ozaki and Bekki (2012)のSDCLは自然言語の統語論の伝統的問題と論理学の関係を明らかにしたものであるが、一方で意味表示にも左右の方向性が入るなど、必ずしも望ましくない副作用もある。Ishishita and Bekki (2012)はICLという、高階型理論でありながら組み合わせ論理の形式を取る論理を採用し、伝統的な前提の問題に取り組んだが、ICLの拡張体系の完全性はまだ示されていない。しかしIshishita and Bekki (2012)のICLに基づく研究によって、高階型理論による意味論の持つ可能性に気付くこととなった。
様々なモナドを用いた言語現象の分析は統一的ではあるが、それらのうち言語現象の側からみて本質的に必要なのは継続モナドのみであると結論しつつある。それも、継続の枠組みさえあれば、モナドを介した定式化は必ずしも必要ではなく、型理論にCPS変換などの手法によって直接的に継続が導入されていれば十分であることが分かった。一方、高階の型理論の導入は意味論の研究にとって不可避であると言える。すなわち、高階型理論に継続を導入した体系が、自然言語の意味論にとって必要な理論体系であり、最終年度において追究されるべきものである。具体的には、1) λキューブ/純粋型理論/構成的(マーティン・レフ)型理論等、高階の型理論において、CPS変換を定義し、継続を導入した体系の計算論的性質を調査する(先行研究が存在する)。2) Bekki and Asai (2010)による継続モナドを用いたフォーカス・逆スコープの研究を、高階型理論+継続という体系において再構成する。3) 2)の体系が、copredication、名詞句連言、前提といった、今年度に説明対象として取り組んできた諸言語現象の問題と、昨年度までにモナドによって解決してきた諸問題の統一的分析となりうるかを検討する、という方針のもと、最終年度の研究を完成させたい。
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