私たちは自身を取り巻く複雑な環境からどのように必要な情報を得、応じた行動判断を行っているのか?キイロショウジョウバエのオスは、自らの求愛経験や周囲の環境の変化に応じてフェロモン感受性を変化させ、求愛活動の効率化をはかっている。本研究では、リアルタイムイメージングにより嗅覚受容体神経(嗅神経)のフェロモン応答を直接的に解析し、その結果得られた神経生理的特性を詳細な行動解析と対応させる事により、感覚系における神経可塑性のモデルモジュールを構築する事を目標に行われた。 I.嗅覚系バックグラウンド・キャンセリングの行動実験系の確立 オスが自分の持つフェロモンの1/1000相当(200ng)のわずかなフェロモン成分を検知し、求愛意欲を低下させる事を見いだした。さらに、このオスフェロモン成分への恒常的な曝露がその後の嗅覚感受性を低下させる現象を発見し、実験諸条件の操作により、これが神経の「感作」応答である事を明らかにした。この感作によるバックグラウンド・キャンセリング機構により、オスの嗅覚系において常に高いフェロモン感受性が維持されている事が明らかとなった。 II. リアルタイムイメージングによる一次嗅覚中枢領域におけるフェロモン反応解析 昆虫の嗅神経は嗅覚系一次中枢領域である触角葉の特定領域に軸索をのばし糸球体構造を作っている。そこで、遺伝子強制発現システムを用い、各フェロモン受容体神経特異的に神経活性マーカー遺伝子を発現させ、一次嗅覚中枢におけるフェロモン情報の出力様式を、in vivoリアルタイムイメージングにより観察した。実験系の改良により、従来の刺激濃度の1/1000以下である10pgという微少量のフェロモン成分への神経応答を記録する事に成功した。これは行動実験で確認された濃度範囲に相当する事から、より自然な状態でのフェロモン応答とその神経感作機構の研究が可能になった。
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