ショウジョウバエのオスは、自らの求愛経験や周囲の環境の変化に応じてフェロモン感受性を変化させ、求愛活動の効率化をはかっている。ショウジョウバエのオス特異的揮発性成分であるcVAは他オスの求愛意欲を抑制するフェロモン効果を持っており、オス同士が互いに求愛する同性愛行動を回避する助けになっていると考えられている。しかし一方で、本来の求愛対象である同種メスに相対した場合には、周囲の他オスの発するcVAが求愛意欲を高く維持するのに邪魔な存在となる。 本研究では、長時間のcVA刺激が、その後の嗅覚感受性を低下させ、オスフェロモン存在下においても高い求愛意欲を示す匂いの「馴化」現象を引き起こす事を発見した。さらに、リアルタイムイメージングによる一次嗅覚中枢領域におけるフェロモン反応解析により、馴化を引き起こす長期刺激は嗅神経の「脱感作」を伴う事を明らかにした。この作用によって、オスは恒常的な他オスの匂いに邪魔される事なくメスへの求愛意欲を高く維持していると考えられる。 次に、薬理学的解析により、嗅神経の感受性低下には抑制性神経伝達物質であるGABAの入力が必須である事、さらには、RNAiを用いた遺伝的阻害実験により、一次嗅覚中枢内の局所介在神経へのGABA入力が匂いの馴化に関与する事を示唆する結果を得た。 以上の事から、オスは、一次嗅覚中枢内の抑制的神経間相互作用により嗅神経の応答感受性を調節し、フェロモン環境に応じた求愛行動の可塑的制御を行っていると考えられる。
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