軸索起始部(AIS)は活動電位の発生部位であり,この部位における可塑性的な変化は神経活動を調節する上で最も効果的なしくみだと考えられる.本研究では,哺乳類の蝸牛神経核に相当するトリの大細胞核(NM)を対象に,AISに生じる可塑性機構の存在を検証し,さらにその特性を明らかにすることを目的としている. 昨年度までに,内耳除去による感音性難聴,および鼓膜障害や耳小骨障害による伝音性難聴時には,NM細胞のAISが延長し,Naチャネル発現が増加する結果,細胞の興奮性が増すことを報告した.本年度は,このAISの可塑性におけるKチャネルの変化について検討した.まず,様々なKチャネルに対する抗体を用いて免疫染色を行ったところ,内耳除去によりNM細胞のAISでは,Kv1の発現が減少し,Kv7の発現が増加することを観察した.Kv1は活性化が速く,閾値も低いため,Kv7に比べて膜興奮に対する抑制効果が強い.従って,これらのKチャネルの相補的な発現変化は,細胞が静止膜電位を保ちつつ,膜興奮性を増加させるしくみとして働いている可能性が考えられる.実際,脳スライス標本を用いたパッチクランプ記録により,内耳除去後のNM細胞では静止膜電位に大きな変化がなく,一方,活動電位の閾値は低下していることが確認された.そこでさらに,これらのKチャネルに対する選択的阻害剤(DTX,Kv1;XE991,Kv7)を用いて,各Kチャネル成分の活動電位の閾値に対する関与を検討したところ,Kv7阻害の効果は内耳除去側で大きいのに対して,Kv1阻害の効果は健常側で大きかった.以上,聴覚入力変化に伴うNM細胞のAIS可塑性においては,AISの空間分布とNaチャネルの発現量だけでなく,Kチャネルの発現量もサブタイプ特異的に変化することにより,細胞の興奮性と恒常性が精巧に調節されていることを明らかにした.
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