本研究は、劣化が特に激しいと報告されてきた黒色漆の紫外線照射による変色メカニズムを解明し、劣化を抑制して後世に伝えるための基礎的研究として、これまで「黒漆」とひとくくりにされてきた黒色の漆塗膜を制作技法ごとに着目し、紫外線劣化現象を複数の分析手法を用いて比較することで、黒色漆文化財への理解を深めることを目的に実施したものである。 最終年度である本年度は、キセノンアーク灯によって試料を強制的に劣化させ、色彩変化、残存光沢率の変化、SEM観察、IRスペクトルによる比較、PY-GC/MSによる分析など多角的に現象を観察する作業を順次進めた。紫外線を照射した試料は昨年度までに作製した複層構造をした黒色塗膜の試料であり、半年以上暗所にて保管させ、十分に重合を進行させた状態で劣化試験をおこなった。さらに、先行研究ではほとんど議論されることのなかった表面粗さについて単層膜(4種類)および複層構造試料(7種類)の測定をおこない、各種のパラメーターを細かく紫外線照射時間ごと見ていくことで、作製手法の異なる黒色漆膜表面の差異を区別できる可能性を見出した。 またこれまでの研究成果と実際の劣化状況を比べるため、京都、奈良、輪島、日光、沖縄、久米島での現地調査および聞き取り調査を行なった。一連の調査を通じて、手法ごとに検証した黒色塗膜の分析によって得られた研究成果は、黒色漆文化財の劣化現象を読み解くための一つの指標に成りうる可能性と、新たに修理していく際の手法を選択するための判断材料として意義があるとわかった。
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