黄砂とともに中国大陸から日本へ飛来する微生物群(黄砂バイオエアロゾル)は,生態系やヒト健康へ影響を及ぼす。しかし,高高度の大気に浮遊する微生物の生理生態を詳細に調査した知見は少ない。そこで本研究では,黄砂発生地(中国敦煌)および黄砂飛来地(日本珠洲,金沢,天草,立山)の上空1000m~3000mで,係留気球,航空機および山岳積雪を併用して,黄砂を採取する大気観測調査を行い,多くの微生物を分離培養した。特に,環境ストレスに耐性のある耐塩細菌は,黄砂とともに風送されやすく,その長距離輸送を実証する貴重な遺伝学的データが得られた。さらに,大気中の細菌種を遺伝識別し定量できる検出系(FISH法,定量PCR)を構築することに成功し,黄砂が飛来した上空3000mでは細菌群の80%がBacillus属に属す細菌であることを突き止めた。今回分離されたBacillus属の細菌は,病原性が無く,かつ醗酵機能を持ち,納豆を製造することができた。一方,優占種以外の微生物群(非優占種)は、数百種で構成され、ヒト健康および動植物に悪影響を及ぼす可能性もある。実際,黄砂から分離された菌類が,アレルギーを増悪することがマウスアッセイで実証され,黄砂が飛来した大気中での菌類の増大も確認された。また,微生物生態系への影響を評価するため,黄砂を海洋試水へ添加する船上実験を行い,大気中から沈着した微生物が海洋で増殖することを実証した。今後,大気中の特定微生物種を定量できる(FISH法,定量PCR)を活用し,健康被害を及ぼす種の風送飛散をモニタリングし,黄砂バイオエアロゾルに関する公衆衛生学的情報を提供したい。
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