本年度はスピン流誘起強磁性共鳴の再検討と、酸化物強磁性γFe2O3単結晶薄膜のスピン波輸送について研究を行った。前年度までの研究において、強磁性/非磁性二層膜におけるスピンホール効果によって誘起されるスピン流を用いた強磁性共鳴が比較的高効率なスピンダイナミクスの励起を起こすことが可能であることを示した。当該手法はスピンホール角の評価に必要な材料パラメーターが少ないことも特徴であり、一般には困難なスピンホール角の定量評価が可能であると考えられているが、評価されたスピンホール角はモデルからは予測されない強磁性膜厚依存性を示した。当該問題を検証するにあたり、非磁性体へ直流電流を重畳した時の有効的なダンピングの変調を測定することから、スピンホール角の評価を行った。当該手法ではスピンホール角に強磁性膜厚依存性は現れないことから、スピン流誘起強磁性共鳴のモデル化が不十分であることを示唆している。具体的には、交流電流による強磁性体自体の励起、および強磁性共鳴によるスピンポンピング効果を介した非磁性体中のスピン蓄積の変調などが考えられる。また強磁性/非磁性薄膜の膜厚を最適化することにより有効的なダンピングを80%以上変調することに成功した。100%の変調が可能となれば、自励発振が可能となり、スピン波励起の強力な励起手法となると同時に、新規スピントロニクスデバイスとしての応用も期待される。 また、反応性スパッタ法によって作製した酸化物強磁性γFe2O3単結晶薄膜について、ネットワークアナライザーとアンテナ法の組み合わせによってスピン波検出を試みた。実際にスピン波の検出に成功したが、比較的長いスピン波減衰長を示す反面で、面内方向規則度の低さと内部磁気異方性の大きさの為、信号の半値幅が大きいことが問題である。今後、低消費電力デバイスとしての応用を目指すためには、更なる膜の高品質化が不可欠である。
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