ボウル型π共役系分子スマネンをビルディングブロックとして用いたベルト状縮環π共役系化合物(πベルト)の合成を目指し、研究に取り組んだ。 今年度は、πベルトの部分構造に相当するスマネンのカップリング体の合成を行った。具体的には、モノオキソスマネンのマクマリーカップリング反応により、ビスマネニリデンを合成した。条件として、種々の還元剤およびチタン試薬を検討した。その結果、還元剤として亜鉛を、チタン試薬として2塩化チタノセンを用いた条件が最適であり、86%の収率でビスマネニリデンが単一の化合物として得られた。得られたビスマネニリデンはベンジル位同士で2重結合で架橋されているため、スマネンに比べπ共役系が拡張している。これは、紫外可視吸収スペクトルからも示された。また、2つの連結したボウル構造の相対配置が同方向の場合と逆方向の場合が考えられ、それらはジアステレオマーの関係にある。密度汎関数法に基づく分子軌道計算により、それぞれの構造を最適化し、ひずみエネルギーを比較したところ、ボウル構造の相対配置が逆のものが同方向のものに比べ、安定であることが判明した。ボウル反転に基づく動的挙動を調べるために、温度可変NMR実験を行った。温度を-80℃から140℃まで変化させても単一の化学種のみが観測された。また、高温NMR実験におけるピークのブロードニングも対応するスマネン分子に比べ小さいため、ビスマネニリデンにおいてボウル反転に要する活性化自由エネルギーは、スマネンよりも大きいことが示唆された。今回得られた結果は、πベルト合成を行うための有用な知見として考えられる。
|