光路切換型の遅延時間変調方式について、前年度にポンププローブ反射分光を用いて測定原理の確認を行ったものの、走査トンネル顕微鏡(STM)と組み合わせるにあたり、切換に用いる2つの光路間でレーザー強度を精密に一致させることができず、そのことが測定精度を制限していた。そこで、2光路間のレーザー強度を能動的に一致させるためのフィードバック機構を構築し、光強度の揺らぎを1/10以下に抑えた。その後、セレン化タングステン(WSe2) 試料に対して同手法を適用し、光路切換型の時間変調方式を用いた時間分解トンネル電流信号の検出に成功した。これにより本課題で計画した顕微鏡の動作を実証できたことになる。 並行して、研究実施計画に沿いカーボンナノチューブ試料の準備および時間分解STMによる観察を行った。事前の検討により、ナノチューブ試料の励起および分子振動検出には、チューブ直径とレーザー波長のマッチングが重要であることが分かっていたことから、試料直径の選択や分散方法などに注意を払った。これまでのところ、ナノチューブ試料に対する本手法の適用結果からは、分子振動に対応する信号は得られていない。信号強度が雑音レベルを下回っている理由として、試料の清浄化が不十分であり、表面上を不純物が移動することによりトンネル電流にノイズを生じている可能性、試料基板への接触により分子振動強度・周波数が変化している可能性、そのために励起波長やSTMバイアス電圧を適切に選択できていない可能性を検討しつつ、現在も測定を続けている。 一方で、パルスピッキングにより実効レーザー強度を損なわない別の手法として、励起レーザー光の偏光方向を変調する手法を確立し、GaAs中におけるスピン緩和寿命(5.5 ps)を測定することに成功した。これは2パルス励起STMによりスピン寿命を直接計測した世界初の業績である。
|