研究課題/領域番号 |
22686058
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
松川 義孝 東北大学, 金属材料研究所, 助教 (70566356)
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キーワード | 金属物性 / 表面・界面物性 / 機械的性質 / 粒界 / 脆化 |
研究概要 |
多結晶金属材料の寿命予測モデルを構築するためには、その構造的ウィークポイントである結晶粒界や異相界面における破壊の臨界条件について正確な情報が必要不可欠である。本研究の目的は、それら界面の剥離強度について、転位の影響を完全に排除した“剥離強度の理想値”を、厳密に測定するための実験手法を開発することである。これに3次元レーザーアトムプローブによる原子レベルの界面局所組成分析とSEM-EBSD(電子後方散乱回折法)による結晶方位解析を組み合わせることで、界面剥離強度・局所組成・結晶方位の相関関係を明らかにする。これら一連のデータが揃うことで、界面破壊に関する第一原理計算の精度を、実験で検証することが世界で初めて可能になる。 当初の予定では、ナノサイズの転位フリー・バイクリスタル引張り試験片をFIBで作成し、このバイクリスタル試験片をマニピュレータを用いてSEMの中で引張り破断させることで、剥離強度を測定する予定であった。昨年度(平成22年度)は、この手法を確立するための試行錯誤を行い、その結果、装置の制約(SEMの分解能とマニピュレータの機械的動作精度の問題)と試料の制約(ナノサイズの金属バイクリスタル試験片は自重で容易に曲がってしまい自立させることができない)から、現実的ではないことがわかった。そのため、本年度(平成23年度)は、その代替となる実験手段の開発に着手した。 代替プランは、球面収差補正機構付高分解能TEMと引張りホルダを用い、界面が剥離する前後の結晶格子縞の間隔の変化を動的観察し、結晶格子の弾性変形量から剥離に要する臨界応力を求めるというものである。引張り変形・破断の際の結晶格子像を撮影することそれ自体が、他に例を見ない難易度の極めて高い実験であったが、申請者はこの技術的ノウハウを確立し、進展する破断クラックの先端における格子縞の動的観察に世界で初めて成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究に使用する球面収差補正機構付高分解能TEM(JEOL JEM-ARM200F)は、その研究目標である“界面剥離強度の理想値の定量評価”に最適な実験装置であり、そのことについては申請者本人も本研究を発案した当初から十分認識していた。しかしながら、本研究課題を申請した時点(平成21年秋)では、身近にこの装置がなかったため、実験プランには組み込めなかった。その後、東日本大震災(平成23年春)によって、申請者が在籍する東北大学・金属材料研究所・大洗センターに設置されていたTEMが損壊するという非常事態が起こり、その結果、代替機としてARM-200Fが新たに設置された(設置完了は平成24年春)。それと同じ頃、マニピュレータを用いたSEM内引張り実験という本来計画していた手法に限界があることも明らかになったため、ARM-200Fを用いた実験に切り替えるのが吉と判断した。使用する装置が変わっても、“界面剥離強度の理想値を厳密に測定するための実験手法を開発する”という本研究の主旨に変わりはない。 震災や実験手法の変更に加え、本人が昨年患った病気(重度の神経麻痺により数か月間TEMの操作が不可能であった)の影響もあって、研究は必ずしも順調に進行しているとは言い難い。しかしながら、新たに採用したTEM内引張り破断の原子レベルその場観察実験において、申請者が本年度に開発した技術的ノウハウは、現時点で既に世界をリードするレベルのものであり、これをさらに高度化させた“界面が剥離する際の格子縞の動的観察”に成功した暁には、技術的にも内容的にも独創性の極めて高いアウトプットが期待できる。そのような観点から、質的な意味においては、現在までの達成度は高いと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
上述した紆余曲折を経た末に、残された期間で達成できる見込みの高い現実的な目標は、何はともあれ、この新たに考案した手法を完成させることである。当初の予定では、手法を開発した後に、その手法を用いて様々な材料における界面剥離強度を測定する予定であったが、時間的制約を鑑みると、対象を分散することは得策とは思えない。そのため、対象とする材料は不純物が偏析することによって粒界破壊が誘起される系として代表的なNi-Sのみに専念する。 本年度までの試行錯誤を経て、本研究においては、界面剥離強度の測定手法だけでなく、界面組成の分析手法にも再考の余地があることが明らかとなった。本研究の発案当初思い描いていた、“アトムプローブでは分析試験片内における界面の配置角度を最適化することで原子レベルの分解能が達成可能”という考えは、少なくとも“界面の組成分析”という観点では正しくないことがわかった。これは、原子が試料から電解蒸発する際に表面拡散によって本来の位置からずれてしまうという、この測定手法の原理そのものに起因する問題である。これまでに、アトムプローブ分析試験片(針状)の中で針先に対する粒界面の角度を様々に変えた試料を複数作成し、系統的に分析を行った結果、この問題に起因するエラーは不可避であることがわかった。 第一原理計算と直接比較するためには、粒界組成の実験データは、真に原子レベルの分解能で得られたものであるという確証が必要である。この問題を克服する組成分析装置もまた、球面収差補正機構付高分解能TEMである。そのSTEM機能を駆使すれば、不純物が何原子レイヤーに跨って偏析しているかを目視で判別することが可能である。定量評価に関しても、少なくとも単純二元系であれば、第一原理計算で主張されているような“原子レイヤーが100%不純物で埋められた状態”が本当に実現しているか否かの判別は、原理的に可能である。
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